静けさが耳に響く。

 夏を映した太陽が眩しくて、ぼくは目を細める。空と同じ色の水面を、ゆらりゆらりと漂う。少しだけ足を動かすと、ちゃぷん、と音を立てて水が跳ねた。夏の暑さも重力も関係ない。時間の流れも気にしない。自由を含んだ水に体を浸して、空を流れる雲を眺める。あれはうさぎ。あれはソフトクリーム。あれは、海を泳ぐイルカにちょっと似てる。

 目の前に広がる大海原に、一人の女の子が現れた。ぼくの顔を覗き込んで、何か言っている。

「野ばら」

 女の子の口が、ぼくの名前を形作った。両足を底に着いて体を起こす。途端に、大量の蝉が堰を切ったように鳴き始めた。シャワーを浴び終えたクラスメイトたちが、笑いながら更衣室へと入っていく。さっきまで大勢の人で溢れ返っていたプールは、広がる波紋を消し去るように、無表情でぼくを抱き留めていた。

 透明な水に包まれて、たった一人、ぼくは立ち尽くす。まるで夢から覚めた直後みたいに、頭の中がぼんやりとしている。ここはどこだっけ。ぼくは何をしていたんだっけ。これから、どうなるんだっけ。

「次の授業、遅れちゃうよ」

 そう言って、寧々はぼくに手を差し伸べる。水に濡れた白い肌が、太陽に照らされて眩しい。

 やまない蝉時雨の中、ぼくは寧々の手を掴んだ。