玄関の扉を開けたら、ポケットに入るくらいの寂しさと、片手で掴めるほどの緊張が、花冷えとなってぼくに襲いかかってきた。

 着古したセーラー服のスカートが、風を含んで舞い上がる。長い髪が絡まって、ぼくは思わず目をつぶった。春の嵐のような風は、庭の雑草をさざめかせると、引き潮のように消えていった。

 ゆっくりと、目を開けた。今のは一体何だったんだろう。まるで何かを奪われたような。ぼくの大切な何かを、さらっていったような。そんな、虚脱感が広がった。

 ぼくはぼんやりと空を見上げた。冬と春の境目、三月。雨上がりの空は瑞々しくて、青色が滲み落ちてきそうだ。生まれたばかりの太陽から、白い光が降ってくる。その輝きを求めるように、ぼくは玄関から飛び出した。

「いってきまぁす」
「ちょっと野ばら、待ちなさい」

 三歩も進まないうちに、お母さんが慌てたように追いかけてきた。メイク中だったのか、右目と左目の大きさが見事に違う。

「リボン、曲がってる。あと寝ぐせ」
「あ、ほんとだ」
「もう、卒業式くらいちゃんとしてよ。もうすぐ高校生なんだから」

 お母さんは文句を言いながら、セーラー服のリボンを結び直してくれた。甘ったるい香りが、鼻の奥をツンと刺激する。ぼくは思わず顔をしかめた。

「ちょっと、香水なんてつけないでよ」
「いいじゃない、たまには。あんたこそもうちょっとおしゃれすれば」
「いいよ、別に」
「ほんと、あんたって変わってる。おしゃれにも興味ないし、最近いっつもぼーっとしてるし」
「してないよ」
「またふらふらどっか行っちゃわないでよ。ほら、早く寝ぐせ直して」

 言いたいことだけ一気に言って、お母さんは寝室に戻っていった。

「式、何時から?」

 お母さんと入れ違いに、お姉ちゃんがひょっこり顔を出した。大学が春休みだから、まだ寝間着姿のままだ。長い髪があちらこちらに爆発している。まるで花火だ。

「九時半」
「答辞読むんでしょ? 頑張ってね」
「うん。ありがと」
「夜、みんなでお祝いしようね。ケーキ買ってきてあげるから」
「ほんと? 楽しみにしてるね」

 変な方向に跳ねたぼくの髪を撫でつけて、お姉ちゃんはにっこりと笑った。それからちらりと後ろを見やると、ぼくの耳元に口を近づけて、 

「お母さん、トラウマになってるんだよ。小学生の時野ばらがいなくなったこと。だから、心配掛けちゃだめだよ」
「……分かってるよ」

 ぶっきらぼうに吐き捨てて、ぼくは中学校へと向かった。