柔らかい砂の上を、転がるように走った。時折足をもつれさせながら、いつかのように、海に向かって駆けていく。ためらいはなかった。恐怖はなかった。短距離走をするように、思いきり海に飛び込んだ。春の海水はぞっとするくらい冷たかった。空はからりと晴れているのに、波は雄々しく背を伸ばし、ぼくの足をすくおうとしてきた。ずぶずぶと足が沈んでいく。浜辺がどんどん遠ざかる。
膝上まで海水に浸かったところで、急に、前に進めなくなった。砂に足を取られたのか、どれだけ全身に力を込めても、ちっとも足が動かない。もっと体を沈み込ませたい。暗くて深い海底に潜って、蒼葉の体を探し出したい。そう思うのに、どうしても前には進めなかった。まるで、灰になった蒼葉が、浜辺からぼくを引っ張っているみたいだ。
迷子の子供のようにえんえんと、声を上げて泣きじゃくった。海水と同じ味の涙が、両目から滝のように溢れた。昨日あれだけ泣いたのに、ようやく泣きやんだと思ったのに。おんなになれないぼくはまだ、懲りずに泣いてしまうのだった。
ざぶざぶと波をかき分けながら、神奈がぼくを追いかけてきた。みっともなく泣き叫んでいるぼくの隣に、何も言わずに肩を並べた。そっと横目で神奈を見たら、唇をきつく噛み締めて、静かに涙を流していた。ぼくらは互いに声も掛けず、ただひたすら泣き続けた。
ああ、ぼくらは大切なものを失ってしまった。大切で愛しい、ぼくらの世界を。
――もし、もしもの話だけどね。
神奈が蒼葉の代わりになったとして、それでも、この穴は塞げない。逆もそうだ。ぼくは蒼葉の代わりになれない。神奈の悲しみを埋められない。誰も、誰かの代わりになれないんだ。
この穴を塞げるのは蒼葉だけ。
ぼくをおんなにできるのは蒼葉だけ。
「……生きている限り」
嵐のような涙が弱まった頃。
「みんな最後は、灰になるんだ」
神奈は手のひらにある小瓶を、祈るように見つめていた。
「僕だって野ばらちゃんだって、辿り着く場所は一緒なんだ」
「……うん」
ぼくは震えを抑え込むように、ぐっと唇を噛み締めた。
神奈はぼくの方に顔を向けると、穏やかに微笑んだ。悲しみも苦しみも、全て受け入れた先にある表情だった。多分、数ヵ月先のぼくも、こんな顔をするのだろう。直感的に、そう思った。
神聖な儀式のように、ゆっくりと、神奈は小瓶を差し出した。ぼくは恐る恐る、両手でそれを受け取った。小瓶の中でさらさらと流れる、白い砂。かつて、蒼葉だったもの。
「蒼葉」
確かめるように名前を呼んだ。薄情な君は返事もせず、小瓶の中で揺れるだけ。ああ、なんて君らしい。
祈るように目を閉じて、そっと小瓶に口づけた。
目蓋の裏に、蒼葉がぼんやりと現れた。成長したぼくを見て、甘いお菓子みたいにふわりと微笑む。長い両腕を大きく広げて、声を出さずにぼくを呼ぶ。飼い主に出会えた子犬のように、一目散に蒼葉の胸に飛び込んだ。息ができないほど強く、互いをぎゅっと抱き締める。
嘘でもいい。幻でもいい。いつか消える夢だとしても、確かに蒼葉はここにいる。
蒼葉。
蒼葉。
――やっと、会えたね。
ゆっくりと両目を開けたら、蒼葉の姿は消えていた。小瓶の中の灰は、太陽の光を浴びて、きらきらと優しく輝いていた。
膝上まで海水に浸かったところで、急に、前に進めなくなった。砂に足を取られたのか、どれだけ全身に力を込めても、ちっとも足が動かない。もっと体を沈み込ませたい。暗くて深い海底に潜って、蒼葉の体を探し出したい。そう思うのに、どうしても前には進めなかった。まるで、灰になった蒼葉が、浜辺からぼくを引っ張っているみたいだ。
迷子の子供のようにえんえんと、声を上げて泣きじゃくった。海水と同じ味の涙が、両目から滝のように溢れた。昨日あれだけ泣いたのに、ようやく泣きやんだと思ったのに。おんなになれないぼくはまだ、懲りずに泣いてしまうのだった。
ざぶざぶと波をかき分けながら、神奈がぼくを追いかけてきた。みっともなく泣き叫んでいるぼくの隣に、何も言わずに肩を並べた。そっと横目で神奈を見たら、唇をきつく噛み締めて、静かに涙を流していた。ぼくらは互いに声も掛けず、ただひたすら泣き続けた。
ああ、ぼくらは大切なものを失ってしまった。大切で愛しい、ぼくらの世界を。
――もし、もしもの話だけどね。
神奈が蒼葉の代わりになったとして、それでも、この穴は塞げない。逆もそうだ。ぼくは蒼葉の代わりになれない。神奈の悲しみを埋められない。誰も、誰かの代わりになれないんだ。
この穴を塞げるのは蒼葉だけ。
ぼくをおんなにできるのは蒼葉だけ。
「……生きている限り」
嵐のような涙が弱まった頃。
「みんな最後は、灰になるんだ」
神奈は手のひらにある小瓶を、祈るように見つめていた。
「僕だって野ばらちゃんだって、辿り着く場所は一緒なんだ」
「……うん」
ぼくは震えを抑え込むように、ぐっと唇を噛み締めた。
神奈はぼくの方に顔を向けると、穏やかに微笑んだ。悲しみも苦しみも、全て受け入れた先にある表情だった。多分、数ヵ月先のぼくも、こんな顔をするのだろう。直感的に、そう思った。
神聖な儀式のように、ゆっくりと、神奈は小瓶を差し出した。ぼくは恐る恐る、両手でそれを受け取った。小瓶の中でさらさらと流れる、白い砂。かつて、蒼葉だったもの。
「蒼葉」
確かめるように名前を呼んだ。薄情な君は返事もせず、小瓶の中で揺れるだけ。ああ、なんて君らしい。
祈るように目を閉じて、そっと小瓶に口づけた。
目蓋の裏に、蒼葉がぼんやりと現れた。成長したぼくを見て、甘いお菓子みたいにふわりと微笑む。長い両腕を大きく広げて、声を出さずにぼくを呼ぶ。飼い主に出会えた子犬のように、一目散に蒼葉の胸に飛び込んだ。息ができないほど強く、互いをぎゅっと抱き締める。
嘘でもいい。幻でもいい。いつか消える夢だとしても、確かに蒼葉はここにいる。
蒼葉。
蒼葉。
――やっと、会えたね。
ゆっくりと両目を開けたら、蒼葉の姿は消えていた。小瓶の中の灰は、太陽の光を浴びて、きらきらと優しく輝いていた。