ぼくは大きく開いた目でユリさんを見つめた。アオバノイハイ。アオバノイハイ。まるで知らない国の言葉のようだ。

「海に撒いてほしいの。野ばらちゃんに」

 か細い声で、ユリさんが言った。

「こんなこと頼むの、無神経かもしれないけど……多分、野ばらちゃんが適任だと思うから」
「……ぼくが?」

 意見を求めるように首を動かした。神奈も、めぐさんも、否定する様子は全くない。みんな、じっとぼくの答えを待っている。ぼくはもう一度、手の中にある小瓶を見つめた。

 これが、蒼葉? この、ちっぽけな砂が、かつて蒼葉だったもの? 手の上で転がしたら、瓶の中をさらさらと砂が流れていった。いとも簡単に、消えてしまいそうだ。

 瞬きをした瞬間、目蓋の裏に蒼葉が映った。柔らかい髪。優しい瞳。赤い唇の隙間からぼくを呼ぶ、温かい声。ぼくの知っている蒼葉とは、「そういうもの」だ。こんなちっぽけな砂じゃない。こんな、無機質な、物体じゃない。

 ぼくは急に恐ろしくなって、小瓶を手から離した。 

「……やだよ」

 ――否定しないで。

 ぼくの蒼葉を、壊さないで。

「こんなの、蒼葉じゃないよ!」
「野ばらちゃん!」

 神奈の声を振り払うように、勢いよく店を飛び出した。