神奈からの電話で起こされたのは、十時を過ぎた頃だった。腑抜けた体は全く言うことを聞いてくれなくて、服を着替えるのに三十分もかかった。店に続く階段を下りる時、風に吹かれてふらりとよろめいた。海へと続く風は今日も強くて、まるでぼくを誘っているみたいだ。のろのろと足を動かしながら、ぼくは青い海を睨んだ。いつもなら泳ぎたいと思うのに、なんだか今は見るのも嫌だった。
店の扉を開けたら、神奈とユリさんの他に、懐かしい人がぼくを待っていた。腰まであった髪は耳の下あたりまで短くなっている。大きな瞳と綺麗な肌を持つその人は、椅子から立ち上がってぼくを迎えた。
「野ばら」
「めぐさん……」
「久しぶり。大きくなったね」
めぐさんは大きく両手を広げると、ふわりとぼくを抱き締めた。甘い花の香りがぼくを包む。
「中学、卒業したんだって? おめでとう」
「……うん」
ありがとう、と言おうとしたら、言葉が詰まった。ぼくはめぐさんの胸に顔を埋めて、ぎゅっと背中に腕をまわした。めぐさんの体は柔らかくて、ほっとするほど温かかった。乾いていたはずの両目が少しだけ潤んだ。
めぐさんは何も言わずに、ぼくの頭を優しく撫でてくれた。胸の奥に積もっていた苦しさが、喉の奥までこみ上げてきた。声に出さないように、固く唇を結んだ。泣いてしまったら、今度はもうとめられなくなる。
「……ごめんなさい。もう、平気」
ぼくはめぐさんから離れて、無理やり口の端を上げようとした。めぐさんが心配そうにぼくを見つめる。どうやらぼくの笑顔は失敗に終わったらしい。
「烏丸先生は?」
「連絡はしたんだけど……あんたに会わせる顔ないって」
「いいよ。あとで会いにいく」
相変わらずの堅物ぶりだ。誰も、先生を責めることなんてできやしないのに。その悲しいほどの生真面目さにあきれた。
ぼくたちはいろいろな話をした。学校のこと、友だちのこと。この店のこと、海のこと。知っていることや、知らないこと。五年前には知れなかったこと。話さなかったこと。話題は海のように広がって、尽きることはなかった。
ぼくと神奈と、ユリさんとめぐさん。四人でおしゃべりしていると、心が少しだけ軽くなって、自然と笑顔がこぼれた。この時間を、素直に楽しいと思えた。
「ユリ」
他愛のない話題がひと段落した頃。めぐさんが硬い声でユリさんを呼んだ。
何かを察したのか、ユリさんはためらうような素振りを見せた。神奈が勇気づけるように肩を叩く。ユリさんは頷くと、「これ……」と小さな瓶を差し出した。ぼくはそれを手に持ってまじまじと見つめた。マニキュアくらいの大きさだ。透明な小瓶の中には、白い砂のようなものが入っていた。
「これ、何?」
「蒼葉の遺灰。……一部だけど」
心臓が、喉まで跳ねた。
「……え?」
店の扉を開けたら、神奈とユリさんの他に、懐かしい人がぼくを待っていた。腰まであった髪は耳の下あたりまで短くなっている。大きな瞳と綺麗な肌を持つその人は、椅子から立ち上がってぼくを迎えた。
「野ばら」
「めぐさん……」
「久しぶり。大きくなったね」
めぐさんは大きく両手を広げると、ふわりとぼくを抱き締めた。甘い花の香りがぼくを包む。
「中学、卒業したんだって? おめでとう」
「……うん」
ありがとう、と言おうとしたら、言葉が詰まった。ぼくはめぐさんの胸に顔を埋めて、ぎゅっと背中に腕をまわした。めぐさんの体は柔らかくて、ほっとするほど温かかった。乾いていたはずの両目が少しだけ潤んだ。
めぐさんは何も言わずに、ぼくの頭を優しく撫でてくれた。胸の奥に積もっていた苦しさが、喉の奥までこみ上げてきた。声に出さないように、固く唇を結んだ。泣いてしまったら、今度はもうとめられなくなる。
「……ごめんなさい。もう、平気」
ぼくはめぐさんから離れて、無理やり口の端を上げようとした。めぐさんが心配そうにぼくを見つめる。どうやらぼくの笑顔は失敗に終わったらしい。
「烏丸先生は?」
「連絡はしたんだけど……あんたに会わせる顔ないって」
「いいよ。あとで会いにいく」
相変わらずの堅物ぶりだ。誰も、先生を責めることなんてできやしないのに。その悲しいほどの生真面目さにあきれた。
ぼくたちはいろいろな話をした。学校のこと、友だちのこと。この店のこと、海のこと。知っていることや、知らないこと。五年前には知れなかったこと。話さなかったこと。話題は海のように広がって、尽きることはなかった。
ぼくと神奈と、ユリさんとめぐさん。四人でおしゃべりしていると、心が少しだけ軽くなって、自然と笑顔がこぼれた。この時間を、素直に楽しいと思えた。
「ユリ」
他愛のない話題がひと段落した頃。めぐさんが硬い声でユリさんを呼んだ。
何かを察したのか、ユリさんはためらうような素振りを見せた。神奈が勇気づけるように肩を叩く。ユリさんは頷くと、「これ……」と小さな瓶を差し出した。ぼくはそれを手に持ってまじまじと見つめた。マニキュアくらいの大きさだ。透明な小瓶の中には、白い砂のようなものが入っていた。
「これ、何?」
「蒼葉の遺灰。……一部だけど」
心臓が、喉まで跳ねた。
「……え?」