数歩進んでから、ふと、足をとめた。ゆっくりと肩越しに振り向いたら、心臓が、悲鳴を上げるように跳ね上がった。

 空が、燃えていた。地球を呑み込むほどの巨大な太陽が、空と海に二つ。おぞましいほどの赤を広げて、ぼくの目の前に迫ってくる。 

 ――あれは、魂が、燃えてる色だ。

 遠い過去から、声が、聞こえた。 

 ――俺もああやって、いつか呑まれるんだ。

「……やめて」 

 全身が、壊れたように震え出した。

「燃やさないで」 

 声がかすれる。呼吸がうまくできない。焦燥が、風船のように膨れ上がった。

「燃やさないで……燃やさないで!」
「野ばらちゃん!」 

 ぼくは夕日に向かって走り出した。一刻も早くあの場所に行きたかった。求めるように腕を伸ばした。片足が空中を踏んだ時、神奈が後ろからぼくを抱え込んだ。

「離して!」
「だめだ!」
「蒼葉が燃えちゃうの。ねぇ、燃やさないで、お願い……蒼葉を燃やさないで」

 もがけばもがくほど、強く体を締められた。足元にあった小石がぱらぱらと落ちて、海の底へと消えていった。

 堰を切ったように涙が溢れた。どれだけ叫んでも答えはない。炎の威力は薄まらない。無慈悲な夕日はどんどん海に沈んでいく。悔しくて悔しくてたまらなかった。

 蒼葉は傷んだ花に似ていた。少しでも風が吹いたら散ってしまいそうな、弱々しさが彼にはあった。

 蒼葉は広い海に似ていた。大きな心でぼくを包む、その優しさが好きだった。 

 どうして蒼葉がここにいないの。どうして来てくれないの。どうして、どうして。無意味な疑問ばかりが溢れては、言葉にもならず消えていく。神奈の腕が絡まって痛い。痛くて痛くて、仕方ない。 

 夕日が海に溶けてなくなっても、ぼくはひたすら叫び続けた。燃やさないで。それだけの台詞を、壊れたおもちゃのように繰り返した。

 燃やさないで。
 それだけの、言葉を。