太陽が一番高くまで昇った時間に、部屋を出た。海沿いは風が強いから、地元よりも肌寒く感じる。コートに身を包みながら、ぼくは記憶を頼りに砂浜から離れた。何度も転びそうになりながら、固くてごつごつした岩場を登る。太ももが痛い。上がった息を整えようと、両手を膝についた。ぜぇぜぇと情けない呼吸を繰り返しながら顔を上げる。目の前に広がる光景に、ひゅっと息がとまった。

 ぼくは、空の中にいた。 

 そう錯覚するくらい、目に映る全てが青かった。五年前に蒼葉が教えてくれた「秘密の場所」は、今も変わらずここにあった。ゆっくりと崖の縁に近づいて足元を覗き込む。空と同じ色をした海が広がっている。右下を見ると、「リリィ・ローズ」がおもちゃのジオラマのように小さく見えた。 

 乱れた髪を耳に掛けた。ここで蒼葉と夕焼けを見たのが、ついこの間のことのように感じられる。あの日から五年も経ったなんて、なんだか実感が湧かない。

 ぼくはその場に腰を下ろして、両膝を抱え込んだ。待ち合わせなんてしていない。時間も場所も決まっていない。それでもぼくらが再会するのは、この場所でしかないと分かっていた。首に掛けた指輪を右手で包む。五年間肌身離さず持っていたこの指輪を、今日、手放さなければいけない。絶対、手放さないと、いけない。

 最後の審判を待つように、固唾を呑んでその時が来るのを待った。時間の流れを緩めるように、雲がゆっくりと進んでいく。波の音がこだまする。かもめがはばたく音さえも聞こえてきそうだ。 

 時計の秒針が進むたび、期待よりも不安がどんどん膨らんでいった。周りの酸素が薄くなっていくような気がした。両腕で膝を強く抱える。時折顔を伏せてみる。きょろきょろと辺りを見渡してみる。風の音に耳を澄ませる。そんな子供っぽいことを、何度も何度も繰り返す。そうしているうちに、真上にあった太陽が、どんどん海に近づいていく。何分も、何時間も、ぼくは蒼葉を待ち続けた。