朝ご飯をぺろりと平らげたあと、ぼくは神奈と店を出た。向かった先は、海から徒歩十分ほど離れた小さなアパート。神奈の部屋は、その三階にあった。
「こんなところに住んでたんだ」
「来たことなかったっけ?」
「うん、初めて」
部屋の中は予想通りごちゃごちゃしていた。カーペットの上には雑誌やあいた酒瓶が散乱していて、気をつけなければ踏んでしまいそうになる。本棚にびっしりと並べられた、漫画やDVD。棚の上にはよく分からない骨董品がいくつも置かれている。壁に貼ってあるポスターは、外国のジャズバンドだろうか。黒人がサックスやトランペットを持って陽気に笑っている。
「散らかってるね」
「う……片づけようとは思ってたんだよ」
野ばらちゃんが早く来たから……とぼやきながら、神奈は荷物を床に置いた。
「シャワー、先に浴びていいよ」
「分かった、ありがとう」
その言葉に甘えて、ひとまずシャワーを浴びることにした。昨日はずっと車に乗っていたから、お風呂にも入れなかったのだ。
風呂場から出たぼくは、白いワンピースに着替えた。神奈がシャワーを浴びている間に、ドライヤーで髪を乾かす。手持ち無沙汰になったので、勝手にテレビの電源をつけた。ちょうどお天気お姉さんが全国の天気を知らせているところだった。
天気予報なんか見たって、ここの天気は分からない。この場所を知っているにもかかわらず、ここがどこであるかを、ぼくは知らない。「その方がわくわくするだろ」そう、蒼葉が言ったから。ずっと知らないままでいたのだ。
結局、天気予報からぼくが知り得た情報は、今日の気温は全国的に低いということだけだった。やっぱり春はまだまだ遠い。せっかく五年ぶりに来たというのに、海には入れそうになかった。
「かわいいね、そのワンピース」
シャワーを浴び終えた神奈が、髪を拭きながら戻ってきた。
「昔、めぐさんにもらった服に似てる」
「……天使みたいでしょ」
ぼくはにやりと口角を上げた。
「髪、乾かしてあげる!」
「ええ? いいよ、自分でやるよ」
「いいからいいから」
ぼくは素早く立ち上がって、ぐいぐいと神奈の腕を引っ張った。無理やりソファに座らせる。ドライヤーの威力を最大にして、レーザー光線のように、思いきり神奈の顔に浴びせた。
「うりゃっ」
「ちょ、ちょっと! 熱いよ」
神奈が大げさに飛び跳ねる。ぼくは大きく口を開いて笑った。
「このーっ!」
神奈がぼくの手からドライヤーを奪う。反撃だ。熱い空気が大きな弾丸となって顔にあたった。そのまま猫の喧嘩のように叩き合って、取っ組み合った。体力がみるみるうちに底をついて、ぼくたちは同時に倒れ込んだ。
「何、やってんだろ……」
荒い息の隙間から、神奈がかろうじて言葉を吐き出す。そのままおじいちゃんみたいに咳き込むので、ぼくはまた大声で笑った。そしたら酸素が足りなくなって、ぼくも同じようにむせ込むはめになった。
「こんなところに住んでたんだ」
「来たことなかったっけ?」
「うん、初めて」
部屋の中は予想通りごちゃごちゃしていた。カーペットの上には雑誌やあいた酒瓶が散乱していて、気をつけなければ踏んでしまいそうになる。本棚にびっしりと並べられた、漫画やDVD。棚の上にはよく分からない骨董品がいくつも置かれている。壁に貼ってあるポスターは、外国のジャズバンドだろうか。黒人がサックスやトランペットを持って陽気に笑っている。
「散らかってるね」
「う……片づけようとは思ってたんだよ」
野ばらちゃんが早く来たから……とぼやきながら、神奈は荷物を床に置いた。
「シャワー、先に浴びていいよ」
「分かった、ありがとう」
その言葉に甘えて、ひとまずシャワーを浴びることにした。昨日はずっと車に乗っていたから、お風呂にも入れなかったのだ。
風呂場から出たぼくは、白いワンピースに着替えた。神奈がシャワーを浴びている間に、ドライヤーで髪を乾かす。手持ち無沙汰になったので、勝手にテレビの電源をつけた。ちょうどお天気お姉さんが全国の天気を知らせているところだった。
天気予報なんか見たって、ここの天気は分からない。この場所を知っているにもかかわらず、ここがどこであるかを、ぼくは知らない。「その方がわくわくするだろ」そう、蒼葉が言ったから。ずっと知らないままでいたのだ。
結局、天気予報からぼくが知り得た情報は、今日の気温は全国的に低いということだけだった。やっぱり春はまだまだ遠い。せっかく五年ぶりに来たというのに、海には入れそうになかった。
「かわいいね、そのワンピース」
シャワーを浴び終えた神奈が、髪を拭きながら戻ってきた。
「昔、めぐさんにもらった服に似てる」
「……天使みたいでしょ」
ぼくはにやりと口角を上げた。
「髪、乾かしてあげる!」
「ええ? いいよ、自分でやるよ」
「いいからいいから」
ぼくは素早く立ち上がって、ぐいぐいと神奈の腕を引っ張った。無理やりソファに座らせる。ドライヤーの威力を最大にして、レーザー光線のように、思いきり神奈の顔に浴びせた。
「うりゃっ」
「ちょ、ちょっと! 熱いよ」
神奈が大げさに飛び跳ねる。ぼくは大きく口を開いて笑った。
「このーっ!」
神奈がぼくの手からドライヤーを奪う。反撃だ。熱い空気が大きな弾丸となって顔にあたった。そのまま猫の喧嘩のように叩き合って、取っ組み合った。体力がみるみるうちに底をついて、ぼくたちは同時に倒れ込んだ。
「何、やってんだろ……」
荒い息の隙間から、神奈がかろうじて言葉を吐き出す。そのままおじいちゃんみたいに咳き込むので、ぼくはまた大声で笑った。そしたら酸素が足りなくなって、ぼくも同じようにむせ込むはめになった。