「そりゃああるだろ。人間こうやって顔を合わして会話してても、相手の気持ちを百パー理解するなんてできないし。俺らはその読み取り合いを紙面の文字だけでやろうとしてんだ。曖昧でとーぜん」

「じゃあ……曖昧のまま書き進めてもいいんでしょうか」

「寧ろ、自分の解釈を一方的に他者に押し付ける方が横暴かもな。文学の答えは一つじゃない。俺らは文字で大衆に訴えかけて、その内の誰か一人くらいは自分と同じ解釈をしてくれたらいいなーって希望的観測でいればいいんだよ」

 ふと、倉吉先輩の詩が脳裏を過ぎった。

 澄んだ湖のように透明で、綺麗な言葉の羅列。

(倉吉先輩は、あの詩にどんな思いを込めて、どんな解釈を期待していたんだろう)

 答えは一つじゃない。何処かで聞いたような言葉だけれど、人の数だけ解釈も複数あるはず。

 だけど、もし倉吉先輩が込めた思いと、私の解釈が違っていたら。

(それって……なんだか少し、寂しいかも)

 両手でペットボトルを包み込むように握って俯いていると、突然見慣れた赤色が視界いっぱいに映り込んだ。

「悪い。逆に追い詰めたか?」

 バツが悪そうな倉吉先輩の顔を至近距離で捉える。その瞬間、ドクンと心臓が一際大きな音を立てた。勢いよく顔を離すと、鈍い音と共に後頭部に痛みが走る。

「い……っ‼」

「ぶっ、凄い音したな。今」

 ペットボトルを持っていない方の手でズキズキと痛む後頭部を擦りながら、ケラケラと笑う倉吉先輩を睨みつける。

「悪かったって。あー、やっぱダメだな俺。こーいうの、部長ならもっと上手くできるんだろうけど」

「こういうの、って?」

 倉吉先輩はひとしきり笑い終えると、酷く穏やかな瞳をこちらに向けた。

「今日、あんまりペン動いてなかっただろ。悩みごとがあるなら相談に乗ろうと思ったんだけど、なんか逆に悩ませたっぽい」

「え……」

「ごめんな。頼りにならない先輩でさ」

 倉吉先輩は眉を下げて苦笑し、照れくさそうに首裏に手を伸ばす。

 私は何度か目を瞬かせてから、ようやくその言葉の意味を理解した。

 詩を書いている間はいつも一心不乱で、周りのことは見えていないのだと思っていたけれど。

(私の不調に気づいて、心配してくれてたんだ……)

 胸の奥に、陽光が射したような温もりが広がっていく。

 思わず舞い上がってしまいそうな、今すぐ叫び出したいような喜びをぐっと抑えて、私は重たい唇を開いた。

「そんなこと、ないです……っ」

 前にも同じことを言ったなとデジャヴを感じながら、自然な微笑みを浮かべて続ける。

「少しだけ、楽になりました。倉吉先輩のおかげで、また書き出せそうな気がします」

 倉吉先輩は目を丸くしながら私の言葉を聞くと、安心したように笑う。

「そうか。役に立てたなら、よかった」

 校庭から聞こえてくる快活な掛け声や声援に背を向けて、私達は四階の狭い部室を目指して歩き出した。