「何を……っ、離れろよ!」

 身をよじる倉吉先輩を抱きしめたまま、固く目を瞑る。

 ――時には情熱的に燃え上がる炎のように、時には可憐に散りゆく花びらのように。それは人が人を想い、愛す、魅惑の恋の色で。

 もしかしたら、倉吉先輩はあの詩の中に本心を吐き出していたのかもしれない。表立って「助けて」なんて言えないからこそ、詩を通して、ずっと遠回しに助けを求めていたのかもしれない。

 情熱的な恋慕を受けている自分の心が、花のように散ってしまう前に――。

『寧ろ、自分の解釈を一方的に他者に押し付ける方が横暴かもな。文学の答えは一つじゃない。俺らは文字で大衆に訴えかけて、その内の誰か一人くらいは自分と同じ解釈をしてくれたらいいなーって希望的観測でいればいいんだよ』

 いつの日か言っていた彼の言葉が酷く切ないもののように思えた。

 ずっと倉吉先輩の側にいて、〝言祝一矢〟のファンだと名乗り続けていて、独りよがりな解釈しかできなかった自分が情けない。そんな私が倉吉先輩にどんな言葉を伝えても、きっと中身のない、ちっぽけなものになってしまうだろう。

 だからせめて、この体温を通じて伝わってほしい。

 倉吉先輩は一人じゃない。私も穂乃花も、倉吉先輩の声を聞いてくれる人は大勢いるのだと。

 やがて倉吉先輩は私の腕の中で暴れることを止め、荒々しい舌打ちを零した。

「なんなんだよ、くそっ!」

 そして、いくつか私を罵倒する暴言が並べられる。その荒々しい言葉の数々は私の胸を抉るようだったが、初めて本当の倉吉先輩が見られた気がして。

 罵りの言葉の雨が過ぎ去ると、倉吉先輩はそれっきり何も喋らなくなった。先程とは違う震えを感じ、私は顔を上げる。

 後ろからではその顔を確認することはできなかったが、倉吉先輩は頬を濡らして泣いているようだった。

 倉吉先輩の体から力が抜けていき、ずるずると床に崩れ落ちる。私はそんな彼を抱きしめたまま、同じように床に座り込んだ。

「……ダメなんだよ。せっかく、安定してきたんだ。……俺がここで問題を起こしたら、また母さんに迷惑が……」

「倉吉先輩のお母さんは……倉吉先輩が我慢して笑うようなことを、望んではいないと思います」

「お前なんかに、何がわかるんだよ……っ」

 諭すようにそう告げると、刺々しい言葉が返ってくる。けれどそれは先程よりも覇気を無くしており、倉吉先輩は肩を震わせて嗚咽を零した。

 隣の音楽室から、優しくゆったりとしたメロディーが奏でられる。倉吉先輩はブレザー越しに私の腕を掴み、「そろそろ離せよ」と言う。

 私がゆっくりと腕を離すと、倉吉先輩は立ち上がり、こちらを振り返ることなく部室から出て行った。

(……これで、よかったのかな)

 項垂れると同時に鼻の奥がツンとなって、堪えていた涙が視界を歪ませる。

 いつから、こんな泣き虫に戻ったんだろう。

 私は両手で双方の目を覆い、子供のように声を上げて泣いた。