倉吉先輩は無自覚にといった様子で自分のマフラーに手を伸ばす。そして顔をしかめて、私を睨みつけた。
「ミャオ、お前今日おかしいよ。悪いけど、何の根拠もないミャオの妄想話にはこれ以上つき合いきれない」
倉吉先輩が証拠の提示を求めることについては、容易に予想ができていた。とはいえ、私も穂乃花も、柚香さんのDVを証明する物的証拠は何も持っていない。
小さく息を吐いて、拳を強く握った。そして私は、倉吉先輩と向き合うと決めた時から、伝えようと思っていた、一つの告白をする。
「私、人の好意が見えるんです。友人同士とか、家族愛とかじゃなくて、恋愛的な意味で相手を好いているその人の想いを、形として見ることができるんです。一昨日、柚香さんが倉吉先輩に向ける恋愛的な好意を、この目ではっきりと確認しました」
「……はっ?」
倉吉先輩は瞠目してそんな言葉を零し、私は自嘲の笑みを浮かべる。
この告白は、ただの私の自己満足だ。倉吉先輩にだけ辛い秘密を明かすよう追い詰めるのは、どうしても気が引けたから。
それならば、私の秘密も明かそう。そして、対等な気持ちで倉吉先輩と向き合おう。そんな独りよがりの罪滅ぼしで。
最後まで自分勝手な自分自身に、呆れを通り越して笑えてきた。
しばらくして、倉吉先輩は再び険しい顔つきに戻る。私は無言で倉吉先輩の鋭い眼差しを受け止めて、彼の言葉を待った。
しかし倉吉先輩は私から顔をそらすと、テーブルの傍に置いていた鞄を手にして立ち上がり、踵を返す。
「待ってください!」
勢いよく立ち上がり、部室から出て行こうとする倉吉先輩に駆け寄りながら訴える。
「これって犯罪ですよ。許されることじゃないっ。倉吉先輩だって、本当は凄く辛いんですよね。私も穂乃花も、倉吉先輩を助けたいだけなんです。倉吉先輩がDVのことを認めてくれれば、助けてって言ってくれれば、それだけで……っ」
このまま倉吉先輩を一人にさせてはいけない。
足を止める気配のない彼を引き止めようと、咄嗟に彼の右手を掴んだ。自分よりも一回り大きく、ゴツゴツと角ばった感触がした次の瞬間。
「触るなっ‼」
倉吉先輩は振り返りがてら、右手を大きく振って私の手を払った。そして自身を守るように右手を引き寄せた彼は、この距離でようやく聞こえる程度のか細い声で「……気持ち悪い」と呟く。
その言葉に、胸がチクリと痛む。それは振り払われた衝撃で痛む手よりも、断然痛くて、苦しかった。
「……いい加減にしてくれ。俺は柚香さんから暴力を振るわれたりはしてないし、DVの被害者なんかじゃない」
「なら、どうしてそんなにも辛そうな顔をしてるんですか」
「全部ミャオの気のせいだろ」
倉吉先輩は吐き捨てるようにそう言い、こちらに背を向けて引き戸の取っ手に手を伸ばす。
揺れる赤色のマフラーが酷く寂しげに見えて、私は必死に倉吉先輩を呼び止める言葉を探す。
待って。いかないで。
もうこれ以上、一人で我慢しないで。無理して取り繕わないで。
倉吉先輩の本心を、聞かせて。
唐突に先日の温もりを思い出す。私は羞恥心を抱くことなく、倉吉先輩の背中に抱きついた。
視界いっぱいに赤い毛糸の細かい網目が広がる。ブレザー越しに感じる彼の体温と僅かな震えに、胸が張り裂けそうになった。
「ミャオ、お前今日おかしいよ。悪いけど、何の根拠もないミャオの妄想話にはこれ以上つき合いきれない」
倉吉先輩が証拠の提示を求めることについては、容易に予想ができていた。とはいえ、私も穂乃花も、柚香さんのDVを証明する物的証拠は何も持っていない。
小さく息を吐いて、拳を強く握った。そして私は、倉吉先輩と向き合うと決めた時から、伝えようと思っていた、一つの告白をする。
「私、人の好意が見えるんです。友人同士とか、家族愛とかじゃなくて、恋愛的な意味で相手を好いているその人の想いを、形として見ることができるんです。一昨日、柚香さんが倉吉先輩に向ける恋愛的な好意を、この目ではっきりと確認しました」
「……はっ?」
倉吉先輩は瞠目してそんな言葉を零し、私は自嘲の笑みを浮かべる。
この告白は、ただの私の自己満足だ。倉吉先輩にだけ辛い秘密を明かすよう追い詰めるのは、どうしても気が引けたから。
それならば、私の秘密も明かそう。そして、対等な気持ちで倉吉先輩と向き合おう。そんな独りよがりの罪滅ぼしで。
最後まで自分勝手な自分自身に、呆れを通り越して笑えてきた。
しばらくして、倉吉先輩は再び険しい顔つきに戻る。私は無言で倉吉先輩の鋭い眼差しを受け止めて、彼の言葉を待った。
しかし倉吉先輩は私から顔をそらすと、テーブルの傍に置いていた鞄を手にして立ち上がり、踵を返す。
「待ってください!」
勢いよく立ち上がり、部室から出て行こうとする倉吉先輩に駆け寄りながら訴える。
「これって犯罪ですよ。許されることじゃないっ。倉吉先輩だって、本当は凄く辛いんですよね。私も穂乃花も、倉吉先輩を助けたいだけなんです。倉吉先輩がDVのことを認めてくれれば、助けてって言ってくれれば、それだけで……っ」
このまま倉吉先輩を一人にさせてはいけない。
足を止める気配のない彼を引き止めようと、咄嗟に彼の右手を掴んだ。自分よりも一回り大きく、ゴツゴツと角ばった感触がした次の瞬間。
「触るなっ‼」
倉吉先輩は振り返りがてら、右手を大きく振って私の手を払った。そして自身を守るように右手を引き寄せた彼は、この距離でようやく聞こえる程度のか細い声で「……気持ち悪い」と呟く。
その言葉に、胸がチクリと痛む。それは振り払われた衝撃で痛む手よりも、断然痛くて、苦しかった。
「……いい加減にしてくれ。俺は柚香さんから暴力を振るわれたりはしてないし、DVの被害者なんかじゃない」
「なら、どうしてそんなにも辛そうな顔をしてるんですか」
「全部ミャオの気のせいだろ」
倉吉先輩は吐き捨てるようにそう言い、こちらに背を向けて引き戸の取っ手に手を伸ばす。
揺れる赤色のマフラーが酷く寂しげに見えて、私は必死に倉吉先輩を呼び止める言葉を探す。
待って。いかないで。
もうこれ以上、一人で我慢しないで。無理して取り繕わないで。
倉吉先輩の本心を、聞かせて。
唐突に先日の温もりを思い出す。私は羞恥心を抱くことなく、倉吉先輩の背中に抱きついた。
視界いっぱいに赤い毛糸の細かい網目が広がる。ブレザー越しに感じる彼の体温と僅かな震えに、胸が張り裂けそうになった。