音楽室の隣。部室の引き戸の前で深呼吸をする。
ふと、昨日の夜に穂乃花と交わしたSNS上のやり取りを思い出した。
『明日、倉吉先輩と話してくる』
『もし先輩に嫌われたら、私のこと慰めてね』
私の送ったメッセージはすぐに既読の文字がつき、敬礼をしたウサギのスタンプが返ってきた。
昨日は失恋のことで散々泣いたし、倉吉先輩と向き合う勇気をもらった。
完全に気持ちを切り替えられたわけではないけれど、色々と覚悟はできたと思う。
曲名も知らないクラッシックの力強い合奏に背中を押されながら、一つの決意を胸に、勢いよく引き戸を開ける。
「おはよ、ミャオ」
「おはようございます。倉吉先輩」
振り向いた倉吉先輩にそう挨拶をして、定位置である彼の斜め向かいの席に腰を下ろす。
「……あんまり思い詰めるなよ。今のミャオ、すっげぇ険しい顔してるぞ」
「先に謝らせてください」
いつものように鞄を開けることなく、私は倉吉先輩にそう告げた。
「え?」
「私、今からきっと倉吉先輩のことを傷つけると思います」
「……えっと」
困惑したように苦笑する倉吉先輩を真っ直ぐに見据えたまま、私は単刀直入に切り出す。
「倉吉先輩。柚香さんから、暴力を受けていませんか?」
彼の黒い瞳が大きく見開かれる。
あからさまに変わった空気を肌で感じて、もう後戻りができないことを悟った。
(この場所で、倉吉先輩と二人で過ごしてきた、幸せな時間。……大好きだったのにな)
目を伏せて思い出に浸り、すぐにまた目を開けて倉吉先輩と向き合う。
彼は私から目線を逸らし、口元に笑みを張り付けて言った。
「いきなりどうしたんだ? 俺が暴力を? そもそも、柚香って誰のことだ?」
「私、穂乃花と中学まで同じで、幼馴染みなんです」
曖昧に笑って誤魔化そうとする倉吉先輩に穂乃花の名前を突きつけ、逃げ道を断つ。我ながら、嫌なやり方だと思った。
「穂乃花から聞いたんです。柚香さん、好きな人に暴力を振るう癖があるんだって。柚香さんが倉吉先輩に向ける愛情は、本来義弟に向けるものとは違――」
「変なこと言うなよ」
初めて聞く倉吉先輩の野太い声が、狭い部室に響いた。
その声にビクリと体が震えたが、臆さずに倉吉先輩と目を合わせ続ける。彼は乱暴に頭をかきながら、不快感を露わにして目つきを鋭くさせた。
「……穂乃花に何を吹き込まれたのか知らないが、そんなのはただの妄想だ」
「倉吉先輩、いつもそのマフラーをしていますよね。室内でも、暑くても、汗疹ができても、絶対に外そうとしない。それはどうしてですか?」
「これは……」
「その下に人には見せられないものがあるから、外したくても外せないんじゃないですか?」