西園(にしぞの)くん」

 夏恵に西園と呼ばれた青年は、右手に持つ鍵をジャラジャラと鳴らしながら、やや早歩きで階段を上がってくる。その様子を見ながら、夏恵は小声で私に耳打ちした。

「同じ二年の西園くん。図書委員の人なの」

「へぇ」

 相槌を打ちながらもう一度西園くんの方を見やると、彼の首回りに赤色の霞のようなものが纏わりついていることに気がつく。

(あ……)

 それは西園くんが階段を一段上がるたびに輪郭が濃くなり、鮮明になっていく。西園くんが私達の数段下まで上ってくる頃には、彼の首には赤い毛糸で編まれた立派なマフラーが巻きついていた。

「ちょうどよかった。この前入荷リクエストしてたシュガー探偵シリーズの新刊、今日から貸出できるよ」

「本当? あの続き、楽しみにしてたんだよね」

「だと思って、実はこっそり取り置きしてあるんだ。あ、他の人には内緒ね」

 西園くんは人差し指を自分の唇に当てて、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「先に行って鍵開けてくるよ。また後で」

 そう言って、西園くんは軽い足取りで私達の横を駆け上がっていく。繊細に編まれたマフラーの二本の端が、彼の動きに合わせて大きく揺れた。

(あぁ、なるほど。彼、夏恵のことが好きなんだ)

 会話だけでもなんとなくは察したが、彼のマフラーを捉えて確信する。

 私は物心ついた時から、人の好意を視認することができた。

 それはいわゆる運命の赤い糸のようなもので、友人同士の親愛や家族愛ではなく、人が人を恋愛的に愛する思いが形となったものだと、自分の中ではそう解釈している。

 好きな相手に近づいた時、その人物の首元に赤い毛糸のマフラーは現れる。それは好きな相手に近づく程はっきりと鮮明になっていき、逆に離れれば透明になって消えていく。

 私はそのマフラーの有無を見て、誰が、誰に好意を持っているのかを見極めることができるのだ。

 さり気なく、横目で夏恵の首元を確認する。夏恵は西園くんの後ろ姿を見上げて微笑んでいたが、その首に例の赤いマフラーはなかった。

(現時点では、西園くんの片思いって感じかな)

 人の恋路に口を出すつもりはない。中学の時のあの一件から、軽率な発言は控えるように心がけている。

 そうでなければ、きっと恋心だけでなく、大切な友人まで失くしてしまうから。

「美夜ちゃん? なんか暗い顔してるけど、どうかしたの?」

 いつの間にか、心配そうに眉尻を下げた夏恵が私の顔を覗き込んでいた。私は首を横に振って「なんでもないよ」と返し、再び階段を上り始める。