穂乃花はちらりと傍にある若い女性向けの服屋を見ながら、囁いた。

「あの店、柚香さんのお気に入りなんだ。このショッピングモールに来たら、絶対にあの店に寄る。だから、ここで待ってれば二人に会えると思う」

 穂乃花の話を聞きながら、私は不自然に思われない程度に辺りを見回した。

 子供連れの三人家族、中学生くらいの女子二人組に、私と同い年くらいでお揃いの赤いマフラーを巻いたカップル。あちらこちらに、赤色が溢れている。

 人の往来が激しい場所ではよく見る光景だ。しかし先程の話を聞いた後では、その赤いマフラーが視界に入るたび、私の心の中で何か黒いものがとぐろを巻くようだった。

 恋愛は、幸せなだけのものではない。それは二年前の穂乃花の一件で、酷く痛感した。

 けれど今回は、あの時以上に恐ろしい、それこそ保険の授業で取り上げられるような事件が、現実味を帯びて迫ってくるような感覚があった。

 目の前の光景から目を逸らしたくなるのをぐっと堪えて、倉吉先輩の詩を心の中で繰り返す。

 ……大丈夫。不快なものだけではない。視界に移る赤色のいくつかは、幸せの象徴と言い張ることができる素敵なもののはずだ。

 さざ波立つ自分の心を鎮めていたその時。

「あ、あの人」

 目の前の穂乃花が私の後ろの一点に釘付けになり、声を潜めて言った。

「あそこを歩いてる、茶髪のハーフアップで、黒いワンピースを着てる人」

 反射的に振り返ろうとすると、穂乃花は付け加えるように続ける。

「後ろを歩いてる赤マフラーの人が、柚香さんの義弟さんだよ」

「えっ」

(どうして、穂乃花にも赤いマフラーが見えてるの?)

 数か月前ならいざ知らず、この時期にマフラーを巻いている人なんて、滅多にいないはずだ。それなら、穂乃花の言う赤マフラーとはいったい……。

 そんな疑問を抱えたまま後ろを振り向き、すぐに目当ての二人組を見つける。

 先を歩いている柚香さんは快活そうな女性だった。背が高くスタイルも良くて、気が強そうなつり目が印象的で、楽しそうに笑いながら適度に後ろを振り返っている。彼女の首元では、情熱的な赤いマフラーが激しく主張していた。

 柚香さんの後ろを歩く男性は、彼女とは対照的な、感情が全て抜け落ちたような顔をしていた。彼は柚香さんの買ったものであろう荷物を片手に、何かを話しかけている様子の彼女に向けて相槌を返す。相反する柚香さんの隣にいるせいか、彼のマフラーの色は、彼女のものよりもくすんで見える。

 私は振り返った体勢のまま、凍り付いたように動けなくなった。瞬きすらも忘れ、柚香さんの後ろを歩く彼を凝視する。

 部室にいる朗らかな彼とは別人のようではあったが、見間違えるはずがなかった。

 彼の顔を隠していたさらさらの黒髪が揺れて、その整った横顔が露わになる。


「倉吉、先輩……」


 どくんと、心臓が大きな音を立てる。それを合図に、様々な感情が噴水のように溢れ出て、私の心をぐちゃぐちゃにかき乱す。

 赤、あか、アカ。

 赤色をこんなにも嫌悪したのは、初めてだった。