「わざわざミャオを罵るためだけに連絡したなら、こんな一年も間を空けるか? 相当執念深い性悪でもないかぎり、そんな面倒なことはしないと思うけど」

 黒い靄が晴れて、あの頃のままの穂乃花の姿が頭に過る。彼女は、最後に見た私を睨みつける険しい顔ではなく、長年傍で見続けてきた爽やかな笑顔を浮かべていた。

「人との繋がりを断ち切るのは簡単だ。それを維持したり、復縁したりしようとする方がよっぽど難しい。もしミャオの中にその友人に対する未練が僅かにでもあるなら、連絡取ってみるのも、ありなんじゃないか」

 倉吉先輩の落ち着いた声が、すうっと頭の中に入っていく。今まで重くのしかかっていた何かが、すとんと胸に落ちたような気がした。

「……はい。ありがとうございます」

 お礼の言葉を口にする私の中に、もう迷いはなかった。

(穂乃花に電話してみよう。早ければ、今日の夜にでも)

 倉吉先輩は目を細めて私を見据えると、両手を頭の後ろに伸ばしてパイプ椅子にもたれ掛かる。

「にしても、女子内でのそーいう恋愛のもつれみたいなの? 超面倒そうだよな。俺、男に生まれてきてよかった」

 ふーっとため息とはまた別の息を漏らす倉吉先輩を見て、私は控えめに笑った。

「こんな風に嫌なことばかりじゃなくて、友達の本心が聞けて嬉しいこともあるんですけどね。恋は良くも悪くも、人を狂わせるものですから」

「何? なんか自分は周りより一歩引いてるみたいな、客観的で大人びたこと言うじゃん。ミャオは好きな人とかそういうのはいないわけ?」

「昔はいましたけど……今はもう、あんまり恋愛とかに興味がないんです」

 人の好意が視認できる。そんな特異体質の私が、周りと同じような普通の恋をできるわけがない。

 そんな現実に気がついてから、私はずっと自分が恋をすることを諦めている。それは言祝一矢の詩と出会い、赤い世界に対して前向きになった後も変わらなかった。

「ふーん。……あ、雨止んだみたいだな」

 何かを察したのか、倉吉先輩はそれ以上踏み込もうとせずに相槌を打つ。そして、ふいに私の後ろを見つめて口を開く。

 振り返ると、ずっと窓を打ちつけていた雨が止んでいた。依然と曇ったままの空は徐々に夜の帳を下ろし始めており、窓の奥にそびえ立つ西校舎が若干見え辛い。

 暗い窓ガラスは外の景色を映すというよりも、明るい室内を反射して鏡のようになっており、お揃いの赤いマフラーを巻いた男女を映し出していた。


 ……そう。私は、〝憧れ〟の先輩と一緒にいられるだけで、幸せなんだ。

 この気持ちを伝えたところで、私はそれ以上の幸せを手にすることはできない。

 いつ、倉吉先輩のマフラーが消えてしまうのか。

 そんな風にビクビクと怯えながら過ごす日々なんて、こちらから願い下げだ。