四百字詰め原稿用紙の一マスを埋めようとシャーペンの先が近づき、そのまま何も書き出せずに離れる。

 室内に文芸部を見学に来た一年生の姿はなく、倉吉先輩との放課後の時間がただ黙々と流れていく。

 普段よりも部室に漂う空気が重たく感じるのは、きっと午後から降り出した雨のせいだろう。今日は吹奏楽部の活動がないようで、静かな部室には雨が窓を打ちつける音が絶えず鳴り続けていた。

 私は動く気配のないシャーペンを見下ろしながら、小さく息を吐く。

 すっかり創作意欲を失くした脳内は、小説のこの先の展開ではなく、穂乃花から送られてきたメッセージのことで埋め尽くされていた。

『久しぶり』

 昼休みに送られてきた一言だけの挨拶。そして少し時間が空き、六限目の授業が終わった後、

『話したいことがあるの。暇な時でいいから、電話ほしい』

 新たにそんなメッセージが送られてきていた。

 スタンプも感嘆符も何もないシンプルな言葉の羅列からでは、送り主の感情を全く読み取れない。そのせいか、私は穂乃花からのメッセージに異様な不安を感じていた。

 何を今更。そんな怒りが一切ないわけではない。けれど、長らく連絡を取っていなかった彼女からの連絡に喜んでいる自分もいる。

 どう対応するべきか悩んだ末、私はそれらのメッセージに既読をつけることができず、スマホの電源を切った。そんなうやむやな選択を選んだせいか、待ち望んでいた部活の時間になっても執筆に集中できず、今に至る。

 シャーペンを握ったまま何度目かわからないため息をついていると、突然顔を上げた倉吉先輩が「あ」と声を発した。

「そういやこれ、この前ミャオが読みたがってた小説。所々童話っぽい要素もあるから、参考になればいいんだが」

 倉吉先輩は鞄から取り出した文庫本を、テーブル越しにこちらへ差し出してくる。

「ありがとうございます。……あっ」

 倉吉先輩が手を放すタイミングと噛み合わず、二人の手の間から文庫本が滑り落ちる。慌てて、軽い音を立ててテーブルに落下したそれを拾い上げ、表紙や帯が折れていないか確認した。

「すみませ――」

「まーた悩み事か?」

 雨音しか聞こえない静かな部屋には、倉吉先輩のたった一度きりのため息がよく響いた。

「……すみません。ため息ばかりで、迷惑でしたよね」

 部室に来てからずっと倉吉先輩の集中力をかき乱していたことに気がつき、頭を下げる。

 ギシッとパイプ椅子が軋む音が聞こえて、顔を上げる。倉吉先輩はパイプ椅子の向きを斜めにして座り直し、身体を真っ直ぐこちらに向けて頬杖をついた。

「倉吉先生によるカウンセリング教室~。今なら言祝先生でも可」

 彼はおちゃらけた声でそう言い、唇の端を吊り上げる。

「え……」