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 あれは私達が互いに受験の山場を乗り越え、ようやく一息をついていた時。

 事の八端は、穂乃花が当時同じ生徒会に属していた男子生徒への恋心を自覚したことだった。

 それを機に穂乃花は身だしなみや流行にこれまで以上に敏感になり、どんどんオシャレに、可愛くなっていった。

 鮮やかな赤いマフラーを巻きつけて頬を染める穂乃花は、まさに恋する乙女といった容貌で。登下校中の会話のほとんどが穂乃花の惚れ話となったが、彼女の陰ながらの努力を知っていた私は、素直に彼女の恋を応援していた。

 穂乃花は私の〝人の好意を目視できる〟という秘密を知る唯一の友人で、その力で自分の恋路を手伝ってほしいと頼み込んだ。

「彼の首に私への好意を示すマフラーが現れたら、教えて。きっとその時が、告白する絶好の機会だから」

 いつか穂乃花の努力が実を結んで、生徒会の彼と両想いになれたらいいな。

 そう願っていた私は、二つ返事で彼女に協力すると決めた。

 真面目な性格の穂乃花は、私の力を悪用したり、それに甘えたりすることなく、必死に彼へのアプローチを続けた。

 ――しかし期待に反して、穂乃花がいくらアプローチを続けても、彼の首に赤いマフラーが現れることはなかった。

「今日もマフラー、見えなかった?」

「うん……」

「……そっか」

 次第に穂乃花はため息を溢すことが多くなり、私の返答を聞くたびに表情を曇らせるようになっていった。

 穂乃花が俯く原因の根本的な部分には、私の〝人の好意を目視できる〟という力も深く絡んでいる。

 彼女は普通ならば知りえない、好きな人が自分に向ける好意を気にして落ち込んでいるのだ。協力の約束を交わしたとはいえ、私は少なからずそのことに対しての責任を感じていた。

 唇を噛み締めて涙を堪えるその姿は、嬉しそうに好きな人を報告してきた彼女とは別人のようで。彼を想う赤いマフラーは消えてこそはいなかったが、その色は以前のような鮮やかさが欠けている気がした。

 これ以上、穂乃花の悲しそうな、辛そうな顔は見たくない。

 そう思った私は、必死に彼女の力になろうと考えて――これまで数々の赤いマフラーを見て来た経験から、一つの賭けに出た。

 人の好意は、告白の段階で必ずしも双方に向いているとは限らない。告白をきっかけに相手を意識し始め、結果的に赤いマフラーを巻きつける人は過去にも多く見届けてきた。

 私は尻込みする穂乃花の背中を押すために、初めて彼女に嘘をついた。

「彼の首に赤いマフラーが見える」

 その言葉を聞いた穂乃花は、失っていた瞳の輝きを取り戻し、花が満開に咲き誇るような笑顔を浮かべる。久方ぶりに見たその笑顔に安心しながら、さっそく彼に呼び出しの約束を取り付ける彼女をそっと見守っていた。

 穂乃花が告白の場に選んだのは、二人が長い時間を共にしていた生徒会室前の階段の踊り場だった。

 マフラーと同じくらい赤面した穂乃花は、それでも顔を背けずに、彼の目を見てはっきりと自分の気持ちを伝える。

 しかし彼は、思い悩む素振り一つ見せずに、穂乃花に謝罪の言葉を告げた。

 後で知ったことだが、当時彼には他校に通う彼女がいたらしい。

 彼がその場を去り、穂乃花の首から赤いマフラーが消えていく。穂乃花はしばらく呆然と立ち尽くした後、その場で崩れ落ち、大粒の涙を流した。

 告白の始終を見届けた私は穂乃花に駆け寄り、詳細には覚えていないが励ましの言葉を投げかけた。そして彼女を慰めようと小さく震える肩に手を伸ばす。

 けれどその腕は、穂乃花の手によってはたき落とされた。ぱんっと乾いた音が、冷たい階段に響き渡る。私は、彼女に拒絶され、二人の間に境界線が引かれたことを瞬時に悟った。

 穂乃花は涙を溜めた瞳で憎々しげに私を睨み、強い語気で叫ぶ。

「美夜の、嘘つきっ」

 違う、違うんだよ。穂乃花の恋を台無しにするつもりじゃなかったの。

 私はただ、穂乃花の苦しそうな顔を見たくなくて――。

 穂乃花は私の必死な弁解に耳を傾けることなく、翌日から私を避けるようになった。

 一方的で返答の無い言葉の投げかけは、想像以上に苦痛なもので。

 次第に私は穂乃花との関係を修復することを諦め、私達はお互いを避け続けて、そのまま中学校を卒業した。

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