帰りのHRを終えた生徒達が続々と教室から出てきて、それまで閑散としていた廊下が途端に賑やかになる。
体育着や部活Tシャツに着替えた体格のいい運動部の波に逆らい、昇降口とは反対の渡り廊下を目指す。ふと横を見ると、本を胸に抱いた夏恵が随分後ろに流されていた。
「夏恵!」
他の生徒に腕や肩をぶつけながら夏恵の元へ向かう。夏恵は戻ってくる私の姿を捉えると、黒縁のメガネの奥で強張っていた瞳を幾分か和らげた。
「大丈夫?」
「ありがとう、美夜ちゃん。やっぱり、都内の学校は凄いね……」
「普段はもう少し教室でゆっくりしてる人が多いんだけど、今は仮入部期間だからね。どの部活も気合入ってるからさ」
周りの喧騒にかき消されぬよう、やや大きめの声でそう説明しながら夏恵の手を取る。
「渡り廊下まで行けばもう少しマシになるから、あとちょっと辛抱して」
夏恵が頷くのを確認してから、再び流れに逆らって歩き出す。
夏恵は先月私のクラスに来た転校生だ。前は地方の田舎町に住んでいたようで、全校生徒の数や校舎の設備、最寄り駅周辺の高層ビルを見るたびに「都会だ」と目を丸くしている様は新鮮で可愛らしい。
読書好きという共通点で、私はすぐに夏恵と打ち解けた。今では、夏恵は学校で一番の親友と言っても過言ではない。
渡り廊下付近まで来ると人の数もまだらとなり、夏恵は大きく息を吐いて脱力する。
「びっくりしたぁ……」
「仮入部期間が終わる来週の金曜日まで、当分はこんな感じが続くだろうね」
苦笑いを浮かべながら夏恵の手を離し、二人で東校舎へと続く渡り廊下を歩く。開いた窓から吹き込む春風は、ここ最近になってようやく暖かくなってきたように感じる。
「美夜ちゃんは今日も部活?」
東校舎の中に入り、図書室や音楽室がある四階を目指して階段を上がっていく。その道中で夏恵にそう聞かれ、私は小さく頷いて答えた。
「うん。来月の締め切りまでに、俳句なりなんなり、何か一つ作って提出しなきゃいけなくて」
「へぇ~。それで、美夜ちゃんは何を創作してるの?」
「……一応、小説」
「小説!」
夏恵は目をキラキラと輝かせて私の顔を覗き込んでくる。その顔には「読みたい」の四文字が大きく書かれているようで、私は小さく両手を横に振った。
「そんた大したものじゃないよ。まだ書き始めたばっかだし、小説なんて初めてだから、きっと全然面白くないだろうし……」
「そんなことないよ! この前話してくれたシンデレラモチーフのお話もすっごく面白かったし、想像力は美夜ちゃんの取り柄でしょ?」
お世辞だとわかっていても、そこまで絶賛されると胸の内がくすぐったくなってくる。
無意識に上がっていく口角を必死に抑えていると、「今度のはどんなお話なの?」と夏恵に問われた。
「また童話のアレンジなんだけど――」
「あれ、日向さん?」
突然、後ろから夏恵の名字を呼ぶ声が聞こえてくる。振り返ると、見覚えのない癖毛の青年が踊り場からこちらを見上げていた。