死体処理道中

 翌日、月野ちゃんに着き従い、再び移動。
「風が気持ちいいねー」
 目の前に広がるのは海。高台の広場から広がる水平線を見渡せる場所。
「人、全然いない」
「有名な場所じゃないし、今は完全にオフシーズンだから」
 そりゃそうだよね、冬の海にわざわざ来る人は少ない。特に温かい気候というわけでもないから。
「水族館とか寄る? ショーとかは一切存在しない、地味な場所っぽいけど」
「月野ちゃん、そっちの専門だっけ?」
「ううん、ただの怠け者文系大学生だよ」
 楽しそうにクルクルと回りながら、海を見下ろせる岩場へ。
「危ないよ」
「平気だよ、平気」
 ずっと海の街の子だった彼女と私の感覚の違い?
「月野、飛びます!」
「だ、駄目だって」
 恐る恐る近づいて、後ろから手を引いて止める。風も強い、間違って落ちたら洒落にならない。昨日海に飛びこんだ時の話をしたばかりだったから、なおさら。
「ノリ悪いよー」
「駄目だよ。水泳だけじゃなくて、高飛び込みの選手でもある月野ちゃんの気持ちもわかるけど」
「飛び込み、もうやってないよ。辞めたんだ、陽子ちゃんが死んじゃったあの日に」
 私と、同じだ。
「それじゃあ、行こうか」
 月野ちゃんは、私と同じ。
「飛び込みが駄目ならさ、近くにある砂浜へ行ってみない?」
「昨日とは違う場所?」
「そうだよ。ここに来る途中、バスから見えたんだ」

「ここが……」
 月野ちゃんについていき辿りついたのは白い砂浜、ではないみたいで。
「ここも冬に人が来るような場所じゃないみたいだね」
 キョロキョロと周囲を見回す月野ちゃん。
「だけど綺麗だよ、人も居なくて」
 足跡一つない。聴こえてくるのは波の音だけの、静かな場所。
「おっ、貝殻見つけた!」
 月野ちゃんが足元に落ちていた、綺麗な巻き貝を拾う。
「あはは、本当だ」
 足元を見ると、綺麗な貝殻がたくさん落ちている。
「陽子ちゃんさ、こうやって貝殻拾いをするのが好きだったよね」
「そうだったね」
 やっぱり、海がある限り陽子ちゃんから離れられない。
「だけど地元はあんまり綺麗な貝殻がなかったじゃん。だからこういう場所に憧れていたんだよね、あの子」
 そう言いながら、昨日も砂浜でみた白い粉の入った袋を取り出して。
「また、それなんだね」
「そう」
 今度は撒くわけではなく、貝の中に粉を入れて。
「好きな物の中に入れて、陽子ちゃんは喜ぶかな」
 海に向かって、粉入りの巻き貝を放り投げた。
「その粉は、陽子ちゃん?」
 ふと、頭に浮かんだ言葉をぶつけてみる。
「陽子ちゃん、かな」
 月野ちゃんは苦笑いをしながら、粉の量が少なくなった袋を懐にしまう。
「そろそろバスが来るよ。宿のチェックイン時間も迫っているし、移動しようか」
「うん」
 隠せてないよ、それじゃあ。
「今日の宿は温泉付きだよ、いいでしょ!」
「ふふ、そうだね」
 本当に、分かりやすい子。

「はー」
 本日のお宿に到着と同時に温泉へ直行した私たち。
「いやー、極楽だー」
 おじさんみたいにくつろぐ月野ちゃん。この旅の間、どこか張りつめていた空気をまとっていた彼女が初めて見せた、無防備な姿。
「だけど立派な宿だよね。高かったんじゃない?」
 部屋も温泉も立派。私が払おうとしても、月野ちゃんは交通費と宿泊費は全部自分で持つと言ってきかないから、あまりお金を使わせるのは申し訳なくなる。
「いやー、そんなことないよ。曰く付きの宿だから」
「曰く付き?」
 綺麗だし、そんな雰囲気は全然ないけど。
「昔所有していた宿の関係者が自殺したとか、色々とね」
「……聞かなければ気分よく過ごせたのに」
「それじゃ駄目だよ。これは死体処理の旅なんだから」
 それで敢えてここを選んだのかな。変な部分で凝るんだから。
「だけど、先に温泉で良かったの? この後、まだ観光する予定なんでしょ」
「いいんだよ。次の目的地の前に、身体を清めておきたかったから」
 温泉で身体を清められるのかな? 少しずれている気もするけど。

 温泉を出て部屋で少しくつろいでから外へ出ると、空は薄暗くなり始めていた。
「おっと、急いだ方がいいかも」
「そうなの?」
「次に行く場所はね、綺麗な夕陽が見られるスポットなんだ」
 早くしないと一番良い時間帯を逃してしまうのかな。
「まあすぐ傍なんだけどさ」
「このホテルを取った理由はそれ?」
「うん、だいたいはね」
 それならそうと最初に言えばいいのに、もう。
「この先、まっすぐ」
 ホテルを出て右に向けて歩くと、すぐに現れる林。
「空、赤くなってきたね」
「ここを抜けたら、もっと凄いらしいよ」
 少しだけ早歩きの月野ちゃん。置いていかれないように、彼女の手を取って歩く私。
「ペース速い?」
「大丈夫」
 小さな林の出口。
 赤が広がっていく、赤が――
「「わぁ……」」
 二人、同時に漏れる声。
 目の前に広がる、綺麗に焼けた空と、照らされて輝いている大きな岩盤と海。
「綺麗」
 自然と声が漏れる。
「もっと先まで行ってみよう」
「うん」
 手を繋いだまま、岩盤の上へ降り、広がる海へ向かって進む。先へ進むほど、輝きは増していく。
「凄いよね」
 月野ちゃんの足が止まる。
「陽子ちゃんは夕陽が好きだったけど、私はあんまり好きじゃないんだよね」
「珍しいね、二人の意見が違うなんて」
 陽子ちゃんと月野ちゃんは、ビックリするぐらい好みが一致していたのに。
「どうして、夕陽が好きじゃないの?」
「太陽は沈む前に、こんな風にキラキラと輝いてみせる」
 雲一つない、美しい赤で染まる世界。
「だけど思うんだ。沈むくらいなら、輝かなくてもいい。普通に空の上から私を照らしてくれるくらいがいい。陽子ちゃんが死んでからは、特に強く思うようになった」
 ああ。
 この子もまだ、受け入れられていないんだ。私と同じ? ううん、それ以上に、陽子ちゃんが心の中に残っている。だから言葉の中に、陽子ちゃんが存在し続ける。陽子ちゃんから離れられずにいる。
「奈緒ちゃんは、この景色が好き?」
 横顔、見つめる。潤んだ瞳。記憶より少しだけ大人になった顔。
「……好きだよ」
 海の目の前、並んで座り、太陽が沈んでいくのを眺める。落ちる光、赤色が濃くなっていく。
「ここも、いいね」
 月野ちゃんが白い粉の入った袋を取り出し、中身を海に向けて撒く。
「死体処理中?」
「そう、死体処理中」
 私も薄々感づいてきた、その中身に。
「全部は撒かないんだね」
 彼女が懐にしまった袋には、僅かに粉が残っていた。
「終わりはここじゃないからね」
 赤が消えていく。青と黒のコントラストへと変わっていく。それでも私たちは動けない。空を眺め続ける。手を繋いだまま、ずっと。