翌日。
「これは」
 バスに揺られて三時間ほど、辿りついた場所は山奥というよりも。
「海だね」
「うん、海」
 ただの海ではない。広がる白い砂浜は美しいけど。
「山じゃないよね?」
「山を越えた先だし、山みたいなもんだよ」
 なんとも大雑把な。
「それにしても、白いね」
「だよね。だからかな、冬の海岸の割に人がいるよね」
 その分人の足跡だらけなのは少し残念だけど。遊んでいる地元の人らしき集団もいるし。
「みんな元気だよね。私は水着持ってくればよかったかな」
「え、泳ぐ気?」
 月野ちゃんは泳ぐのが好きなだけあって海大好きっ子だったけど、今は冬なのに。
「驚くことかな? 昔、冬の海に飛び込んだ人もいたじゃん」
「ぐっ」
 そこを突かれると痛い。
「誰にも話していないよね、その事」
「そうだね、話す相手もいないから」
 話す相手。
「……陽子ちゃんには、何でも話していたよね」
「そうかな? きっと私たちが出会った後なら、奈緒ちゃんの方が色々と知っているよ」
 そう言いながら伸びをして、ポスリと座り込む。
「昔からずっと一緒だった幼馴染なのも、逆に面倒なんだよ」
「月野ちゃん、一回面倒な子になっちゃったもんね」
 出会ったばかり、まだ私と月野ちゃんが友達の友達程度の関係だった頃。私と陽子ちゃんが仲良くなりすぎて、拗ねちゃった時期もあった。二人だけの時より陽子ちゃんに構ってもらえなくなって、寂しくなっちゃったんだよね。
「それは言わないお約束……」
「あはは、気にすることないよ」
 高校生の頃、青春時代なんてそんな赤っ恥の連続。別に恥ずかしがることもない。
「だけどまあ、飛び込もうとするよりはマシだよね。泳ぐだけなら死にはしないから」
「しつこいよ、月野ちゃん」
「えへへ」
 だけど月野ちゃん。過剰なまでに陽子ちゃんの名前を出すのは、ワザとなのかな。
「まあ遊泳許可が出なかったから仕方ない。さっさと宿行こうか」
「そうね」
 大荷物も持ったままいつまでも砂浜にいるのも変だものね。すぐ傍のホテルを予約しているらしいから、また来られるはずだから。

「ここもさー、夏には結構人がいるのかな」
「かもね」
 砂浜を出て、誰もいない道を歩く。人影が見えるのはビーチの上だけ。みんな車で移動しているのかな。
「奈緒ちゃんはお酒飲めたっけ」
「少しだけ」
「じゃあ後で部屋飲みしようよ。みかんのお酒とか売っているみたいでさ、気になってるんだよね」
「……」
 みかんは陽子ちゃんの大好物だった。月野ちゃんも同じ。
「あ、ここだね」
 小奇麗な宿。ところどころ古さも感じられるけど、大切にされていることが分かる。
「奈緒ちゃん、ちょっと待っていてね」
 先に建物の中に入っていた月野ちゃん。私もあとに続く。
「すいませーん、二人で宿泊予約したものなんですけど」
 月野ちゃんが宿の人とやり取りを始める。手持ち無沙汰になった私は、フロントの傍に置いてあった観光マップに手を伸ばしてみるけど、だいたいが夏向けで今の季節には役に立たなそう。他の施設も、ファミリー向けっぽいもの。
「二人で旅行ですか?」
 月野ちゃんと宿のスタッフさんとのやり取りが聴こえてくる。
「そうなんですよー、卒業旅行的な」
 それは初耳かも。年齢に合わせた体のいい言い訳みたいなものだろうけど。
「いいですね、お友達同士」
「えへへ」
 友達の定義。ずっと会っていなかったけど、こうやって仲良く過ごすことができるから友達? 離れていても、友達?
 どうなんだろう、友達だと嬉しいけどね、私は。

「広いねー」
「だね」
 広めのマンションみたい。確かに二人で使うにしてはずいぶんと余裕のある作り。
「正直、安い宿だったから心配だったんだけどさー、三つもベッドあるのは凄くない?」
 大きなテレビ、ソファに三台のベッド。
「玄関側、真ん中、窓側。奈緒ちゃんはどこにする?」
「えっと、じゃあ窓側を」
 荷物を置いて、そのベッドに腰かける。
「それじゃあ私も窓側!」
「ちょ」
 勢いよく飛び込んでくる月野ちゃんを、何とか抱きとめる。
「ナイスキャッチ!」
「もう、どうして同じベッドなのよ」
「だって寂しいじゃん、一人よりも二人で寝る方が絶対楽しいよ」
 ベッドに倒れ込む月野ちゃん。抱きしめたままの私と一緒に。
「ねえ、奈緒ちゃん」
「うん」
「私たちさ、友達だっけ」
「たぶん」
 やっぱり友達、なんだよね。こうやって触れ合って、お話すると楽しいから。ずっと離れていても、友達は友達。
「そうだよね、友達だよね。私は奈緒ちゃんのこと、いつも好きだって言っていたもん」
「あはは、そんなこともあったね」
 人懐っこい月野ちゃんは、いつも私や陽子ちゃんのことを好きだと言っていた。というか、誰に対してもかな。月野ちゃんは誰の事でも大好きな子。
「とりあえず、ご飯食べに行く?」
「うーん、少しだけ休んでもいい?」
 二日連続の移動で、少しだけ疲れてしまった。ご飯ものいいけど、その前に少しだけ休みたい。
「りょーかい。そんじゃ私は外に出ているから、起きたら連絡頂戴」
 私から離れ、ササッと身支度を整える月野ちゃん。その様子を確認してから静かに目を閉じると、あっという間に眠気が襲ってきた。