待ち合わせ場所は、かつて通学に利用していた海の近くにある駅。私も、連絡のあったと調べた範囲では彼女も、もうこの辺りの住人ではないというのに。敢えて指定された場所。正直、不安だった。本当に現れるのか、今はどんな姿になっているのか。
 月野ちゃんの現状は、風の噂でしか聞いたことがない。スポーツ推薦で入った大学を中退して行方知れずとか、海外に留学して競技を続けているとか、全国各地を放浪しているとか、情報が多すぎて整理しきれない。
 そもそも、信ぴょう性の高い情報を集めようにも、当時の知り合いとの連絡を絶っているから難しかった。私自身、月野ちゃんと時間を共有した間にできた仲のいい相手はほとんどいなかったから。友達と言える関係だったのは、月野ちゃんと、あとは。
「奈緒ちゃん」
 声と同時に、後ろから肩を叩かれる。
「ごめん、待たせた?」
 振り向くとそこには、私の記憶と変わらない同級生、月野ちゃんの姿。
「……ううん」
 彼女の顔を見た瞬間に感極まってしまって、一言絞り出すのが精一杯。
「久しぶりだね、それなりに元気そう?」
「そうだね、私は」
 普通の大学生になって、普通に生活を送って。彼氏とかはいないけど健康に、普通の生活を送っている。
「月野ちゃんは?」
「私はいつも元気だよ。昔からそうでしょ」
 ああ、月野ちゃんだ。
 ずっと一緒に居た私は知っているのに。結構簡単に落ち込むことも、うじうじ考え込んじゃうことも、それを元気っ子の皮を被って隠してしまおうとすることも。
「さて、再会したばかりで悪いけど、時間がないから移動しよう」
「えっと、どこかへ行くの?」
 数日の休みと数泊分の荷物。詳しい予定を教えてもらったわけじゃないから、多分この辺りに泊まるんだと勝手に考えていた。
「とりあえず、電車へ乗ろう」
「電車?」
 もう駅には着いているのに?
「切符は買ってあるから、着いてきて」
「う、うん」
 駄目だ、よく目的が分からない。だけど私は今回、月野ちゃんに従うと決めているから。ここは素直に言うことを聞こう。

 ガタガタと、電車に揺られて。普通列車、あらかじめ用意していたという季節限定の乗り放題切符を持って。
「まさか、関西方面まで行くなんて」
 予想外もいいところ。いま住んでいる東京からなら分かるけど(確認したら月野ちゃんも東京に住んでいるらしい)東海地方にある旧地元を待ち合わせ場所に指定された時点で、私の頭の中では長距離旅行という発想は消えていた。
「ほらほら、サプライズとか必要かなと思って」
「いらないよ、もう」
 呆れてため息が漏れてくる。だけど何となく、懐かしい感覚。高校生の頃、仲良し三人組の中では大人しめだった私はこうやって振り回されていた。幼馴染コンビの月野ちゃんとあの子に。
「だけど在来線を乗り繋いで行くなんて……」
 朝、結構早い時間を待ち合わせに指定した理由はこれみたい。昼から動くと目的地にたどり着けないからだって。
「ごめんね、私はこの方が慣れているからさ」
「全国各地を放浪中だから?」
「あはは、放浪とかはしてないよ。一人でぶらぶらと旅をすることは多いけどさ」
 そうだよね。とても自由人には見えない。身なりは普通。昔に比べてやや女性らしくはなったけど、擦れた様子もそこまでない。噂は噂、放浪云々は尾ひれがついて広まった結果なのかな。
「別に、新幹線とかを使ってもよかったんだけどね。青春十八きっぷって名前、あの頃を思い出すにはちょうどいいかなと思って」
 十八。
「十八歳として過ごす一年、失われた青春の時間」
 そう。十八歳になるはずだったあの年、私たちは。
「月野ちゃんは、もうあの事を口に出しても平気なんだね」
「奈緒ちゃんは、まだ消化できていなかったのかな」
「そんなことは、ないけど」
 あれから数年の月日が経った。
 子どもだった私も年齢で考えれば立派な大人。いつまでも過去のことを引きずり続ける歳じゃない。それでも可能な限り思い出したくない。ただ事実として存在する、あの子が消えてしまったという現実を。
「止めよう、この話は。せっかくの楽しい旅が台無しだ」
「旅だったんだ」
 死体処理とか言っていたのにね。
「奈緒ちゃんと旅デートだね、二人でデート、仲良くデート」
 デート、という表現はともかく。二人でお出かけ、二人旅。友達だったら普通にやっている。だけど私たちは始めて。旅とか以前に、こうやって二人だけでお出かけする事自体が。だっていつも二人の間には。
「……奈緒ちゃん、怒っている?」
「ううん。ただ驚いただけ」
 駄目だな。
 月野ちゃんはどうしてもつながってしまう。二人は仲良しのセットみたいなものだった。彼女との過去を振りかえると、どうやっても付いてくる、あの子の存在が。
「だよね、奈緒ちゃんは基本的に私には怒らなかったもん」
 そうだった。月野ちゃんはおてんばでも基本的にいい子。二人にいたずらをされたり、からかわれたとき、いつも矛先が向いたのは主犯だった方。
「いつも自分ばかり怒られることが納得できなかったのかな。陽子ちゃんさ、奈緒ちゃんがいない時に『理不尽だー』みたいな感じで怒りながら、でもどこか嬉しそうに愚痴を漏らしてさ」
「…………」
 陽子ちゃんの名前。
 月野ちゃんは普通に出せちゃうんだね。私が必死に頭から消し去ろうとしている、友達の名前を。