ついに私は退院し、久しぶりに自宅に戻ることとなった。自宅といっても元のマンションではなく、あの日をきっかけに引っ越した新しいアパートだ。新しいその家は4階建ての1階で、2人で住むにはちょうどいい。ちょうどいいということはつまり、もう人を呼ばなくても寂しくない広さだ。
同じ建物に優史たちがいないという事実は、会うつもりがなくたって、どこか寂しかった。
松原家も同様に引っ越しをし、今は隣の駅に住んでいるらしい。会えないような遠い距離ではないのだけれど、ずっと、優史たちに会っていない。
火事のあと会ったのは結局くるみちゃん1回きりで、その後も変わらず、誰と会うのも気乗りしなかった。そうして優史やいろんな人からの連絡を無視し続けた結果、退院する頃には誰からの連絡も来なくなっていた。
退院してからも、ただ時間が過ぎるのを待つだけの日々を過ごした。医師に言われた通りに綺麗に残った火傷跡は、いつまで経っても家から出る勇気を奪うのだ。私はそれを理由にして、大学にも行かず1人で引きこもり続けていた。
時たま祖父が、プレゼントの箱を私の部屋に持ってきたが、私はそれも無視していた。祖父は私を元気づけるためか、退院してから不定期に、きちんと包装された贈り物のようなものを持って帰ってくるようになった。どうせ何を受け取っても晴れることのない私の心は、それを見て見ぬふりした。
本当は優史に会いたくてたまらなかったはずなのに、そんな思いも、誰とも関わらない時間の流れに溶けていって、もう寂しさすら感じなくなりつつあった。
そして、火事から1年近くが経とうとしていたある日。部屋の向こう、祖父のいるリビングの方から、いつか聴き慣れていたメロディが聴こえてきた。
それと同時に、頭の中でいろんな音が重なった。
雨音の中、車で繰り返し歌ったオーバーザレインボウ。初めて2人きりで会った誕生日の、優史の優しい笑い声。その時に流したオルゴール。火事の日、部屋で慌てて木箱を開いたときに流れた美しい音。そして、遠くのほうで何度も私の名前を呼ぶ優史の声。
思いがけず部屋から出ると、祖父の手の中にはいつか見たあのオルゴールがあった。部屋に戻り、引き出しを開けてみるが、そこにも黒くなった箱が変わらず存在した。
それ、どうして、とおろおろする私に、祖父は教えてくれた。
ついさっきここに優史が来て、このオルゴールを祖父に渡したそうだ。優史は、遅くなってごめんと、これであいつは元気になってくれるかと、随分といろんなことを気にして託していったらしい。
私が包みを開けるまで黙っておこうと思っていたらしいが、これまでのプレゼントも全て、優史からうちに届けられた物だった。開いてみると、随分むかしに私が好きだと言った小説だったり、帽子だったりぬいぐるみだったり、私を元気づけようとしてくれている優史の優しさが箱の中から溢れ出てきた。
どうしてここまでしてくれるのだ。もうこんなになってしまった私なんか放ってしまえばいいのに。耐え切れず涙が一粒落ちたところで、私は思った。
さっき、不意に頭をよぎったあの声は一体いつのものなのだ。遠くのほうで何度も私の名前を呼ぶ優史の声は。
思い出そうとすればするほど、その声は近づいてきた。
「…!…つか!夏花!おい夏花!!」
夢の中。私はその声を聞いた。
聞き慣れた優史の声がする。私が目を瞑っているから近くにいるのか遠くにいるのか分からない。何を必死にそんなに呼んでいるのだろう。私はここにいるのに。こんなに怒るような声を聞くのは、あの大雨の日以来だ。
ああ、そうだそうだ。あの雨と言えば、今はオルゴールを取りに行くところなんだった。急がないと逃げ遅れるから、早く優史も、一緒に……。
「夏花!!」
「おじいちゃん!私……」
声を出して初めて、いま自分の息が止まっていたことに気付く。思い出したそのときにはもう、祖父に頼らずとも私の中で答えは分かっていた。
「あの日、私を助けてくれたのは……」
「ユウちゃんだよ。黙っててすまんかった。言わないでほしいと言われたもんだから……」
病室で目が覚めてすぐの頃、私は祖父から、松原家は誰も家に居なかったおかげで全員無事だったと聞いた。それは本当だったらしい。
だが、まさに火事が起きているときにマンションに帰ってきた優史は、その場で私がまだ上にいることを知り、火の中へ助けに入ったという。優史のおかげで、私は死なずに今、ここにいる。
遠くで聞こえたその声は、炎の中意識を失う狭間で、優史が助けに来てくれた時の声だったのだ。
せっかく助けてもらった体で私は、優史に会いに行くこともせず、何をしていたのだろうか。これだけ元気付けさせようとしてくれている心を全て踏みにじってしまっていたのか。
「おじいちゃん、私、優史に会いに行ってくる」
祖父は驚きと安堵の表情を同時に浮かべたあと、にっこりと微笑んでくれた。
こんなに近くでずっと黙ってくれていた祖父にも、申し訳ない気持ちが溢れた。既にぽろぽろと零れていた私の涙は、またさらに流れた。
新しいオルゴールを片手に、優史に会うべく玄関のドアを開けるとそこには、想像もしていなかった景色が広がっていた。
「なにこれ……」
あまりにも眩しくて、咄嗟に顔を覆ってしまう。もう一度前を向くと、そこには、太陽に照らされた満開のヒマワリが何本も、何本も咲き乱れていた。
さっきまで泣いていたくせに、思わず笑みが零れてしまう光景だった。
晴れた空がこんなに明るかったということ、そんな当たり前のことをいま思い出したような気がした。そして、太陽の光に照らされたヒマワリはこんなに輝くということも、もうすっかり忘れていた。目の前に広がる無数の黄色い花びらたちは、涙の粒さえ照らして光に変えた。
この光景は、あの日、あの奇跡が起きた日のヒマワリ畑を思い起こさせた。それと同時に、再び優史の顔がよぎった。そんな時。
「やっと夏花の笑った顔が見れた」
声の先には、優史がいた。こちらに向かって歩いてくる優史に、私は咄嗟に顔を背けて手で隠してしまいそうになったが、すかさずその手を優史に取られて私たちは完全に向かい合った。その瞬間、自分の中に押し込めていたものが一気に込み上げてきて、それは涙となって外に出た。
今日は、何度泣いても気が済まない日だ。
目の前に優史がいる。大切な人が目の前にいる。それがどれほど幸せなことか。幸せとはこのことを言うのだろうか。
「夏花」
「優史……」
久しぶりだな、と取った手をしっかりと握りなおしながら言ったかと思えば、優しい笑顔は真剣な表情に変わった。
「夏花の笑顔、奪ってごめんな」
「なんで、何言ってんの。私こそ、お礼も言わずに避けてごめんなさい。もう前の私じゃないから、前みたいには行かないから、誰に会うのも怖くて。でもあの時助けてくれたのは優史だったって、いま思い出して、それで優史に、会いに行かなくちゃ、って……。本当に、ごめん。でも、あの時私を助けてくれてありがとう」
「……ごめんな」
それから私たちはこれまでを埋めるように話をした。
初めはどうしても自分の変わってしまった姿を見られている、と思うだけで固くなっていたが、優史はまるで火事なんて無かったかのように、なんでもない日々の延長で会話をしているように、ずっと話をしてくれた。
ゆっくりと、私の心が溶けていくのを感じた。
「いっぱいプレゼントも。ありがとう。それにヒマワリも。こんなに沢山どうやって準備したわけ?」
「プレゼントは、初めは夏花を元気付けられたらって、そう思ってたんだけど。このヒマワリは俺の我儘。夏花を元気付けたいよりも、夏花の笑った顔をもう一度見たいっていう俺の勝手な気持ちのほうがおっきくなってたから。夏に間に合うようにちょっと頑張っちゃった」
「ちょっと頑張ったでヒマワリ畑って……。やっぱすごいや優史は」
「それに、約束したじゃん。次の休みにヒマワリ畑見に行こうって。あれ、守れてなかったからさ。どうしても叶えたくて」
笑ったかと思えば、ほんの一瞬、切ない顔が通り過ぎた気がした、そんな時。
「だから最後に夏花の笑った顔が見られて、一緒にヒマワリが見られて、本当に良かった」
「最後に?」
耳に入ってくることを予想していなかったその単語は、うまく私の耳に入ってこない。
「そう、最後」
また引っ越すことになったから、もう会えないと、優史はそう言った。私たちはもう、大学生だ。距離なんてそんなくだらないものが弊害になるような年齢ではないはずだ。
今こうして私に、外に出る勇気をくれたんだから、もういつだって会いに行く。これまでの分まで、何度だって会いに行く。
私のそんな覚悟も反論も、優しく突き返され、とうとうどうにもならなかった。
「じゃあ、そろそろ行くな」
日が暮れてきた頃、最後の別れを告げられた。
「もうそんなに泣くな。夏花は綺麗で優しいんだから、これからいい人に出会えるに決まってるよ」
「そんなことない。優史の他に絶対いない。それに……私は綺麗なんかじゃない」
「夏花。夏花は綺麗だよ。昔も今も変わらない。だって夏花の笑顔はいっつも、ヒマワリみたいにキラキラしてる。だから大丈夫」
あの日と変わらない声、変わらない表情でそう言って、彼は歩いて行こうとした。
「あ、くるみにはたまに会ってやってよ。こっちの小学校そのまま通ってるからさ」
「うん……」
「じゃあな。夏花、元気で」
まるで何の未練もないように、サッパリと優史は歩いて行った。本当に未練が無いのだろうか。私が会うことを拒んだこの1年は、これまでの十数年間を簡単に壊してしまったのだと思うと、心が締め付けられた。
私には、優史しかいないのに。気がついたら、私はもう叫んでいた。
「優史!私ずっと、これからも優史のこと、大好きだよ!だからこれからも一緒に」
最後まで口にする前に、遠くの方で大きな背中が立ち止まる。
「一緒にいようよ、優史」
数秒止まって、振り向くような仕草をしたかのように見えたその体は、こっちには向かなかった。代わりに、そのまま地面に向かって崩れ落ちていった。
「え……?」
優史はその場に倒れた。
同じ建物に優史たちがいないという事実は、会うつもりがなくたって、どこか寂しかった。
松原家も同様に引っ越しをし、今は隣の駅に住んでいるらしい。会えないような遠い距離ではないのだけれど、ずっと、優史たちに会っていない。
火事のあと会ったのは結局くるみちゃん1回きりで、その後も変わらず、誰と会うのも気乗りしなかった。そうして優史やいろんな人からの連絡を無視し続けた結果、退院する頃には誰からの連絡も来なくなっていた。
退院してからも、ただ時間が過ぎるのを待つだけの日々を過ごした。医師に言われた通りに綺麗に残った火傷跡は、いつまで経っても家から出る勇気を奪うのだ。私はそれを理由にして、大学にも行かず1人で引きこもり続けていた。
時たま祖父が、プレゼントの箱を私の部屋に持ってきたが、私はそれも無視していた。祖父は私を元気づけるためか、退院してから不定期に、きちんと包装された贈り物のようなものを持って帰ってくるようになった。どうせ何を受け取っても晴れることのない私の心は、それを見て見ぬふりした。
本当は優史に会いたくてたまらなかったはずなのに、そんな思いも、誰とも関わらない時間の流れに溶けていって、もう寂しさすら感じなくなりつつあった。
そして、火事から1年近くが経とうとしていたある日。部屋の向こう、祖父のいるリビングの方から、いつか聴き慣れていたメロディが聴こえてきた。
それと同時に、頭の中でいろんな音が重なった。
雨音の中、車で繰り返し歌ったオーバーザレインボウ。初めて2人きりで会った誕生日の、優史の優しい笑い声。その時に流したオルゴール。火事の日、部屋で慌てて木箱を開いたときに流れた美しい音。そして、遠くのほうで何度も私の名前を呼ぶ優史の声。
思いがけず部屋から出ると、祖父の手の中にはいつか見たあのオルゴールがあった。部屋に戻り、引き出しを開けてみるが、そこにも黒くなった箱が変わらず存在した。
それ、どうして、とおろおろする私に、祖父は教えてくれた。
ついさっきここに優史が来て、このオルゴールを祖父に渡したそうだ。優史は、遅くなってごめんと、これであいつは元気になってくれるかと、随分といろんなことを気にして託していったらしい。
私が包みを開けるまで黙っておこうと思っていたらしいが、これまでのプレゼントも全て、優史からうちに届けられた物だった。開いてみると、随分むかしに私が好きだと言った小説だったり、帽子だったりぬいぐるみだったり、私を元気づけようとしてくれている優史の優しさが箱の中から溢れ出てきた。
どうしてここまでしてくれるのだ。もうこんなになってしまった私なんか放ってしまえばいいのに。耐え切れず涙が一粒落ちたところで、私は思った。
さっき、不意に頭をよぎったあの声は一体いつのものなのだ。遠くのほうで何度も私の名前を呼ぶ優史の声は。
思い出そうとすればするほど、その声は近づいてきた。
「…!…つか!夏花!おい夏花!!」
夢の中。私はその声を聞いた。
聞き慣れた優史の声がする。私が目を瞑っているから近くにいるのか遠くにいるのか分からない。何を必死にそんなに呼んでいるのだろう。私はここにいるのに。こんなに怒るような声を聞くのは、あの大雨の日以来だ。
ああ、そうだそうだ。あの雨と言えば、今はオルゴールを取りに行くところなんだった。急がないと逃げ遅れるから、早く優史も、一緒に……。
「夏花!!」
「おじいちゃん!私……」
声を出して初めて、いま自分の息が止まっていたことに気付く。思い出したそのときにはもう、祖父に頼らずとも私の中で答えは分かっていた。
「あの日、私を助けてくれたのは……」
「ユウちゃんだよ。黙っててすまんかった。言わないでほしいと言われたもんだから……」
病室で目が覚めてすぐの頃、私は祖父から、松原家は誰も家に居なかったおかげで全員無事だったと聞いた。それは本当だったらしい。
だが、まさに火事が起きているときにマンションに帰ってきた優史は、その場で私がまだ上にいることを知り、火の中へ助けに入ったという。優史のおかげで、私は死なずに今、ここにいる。
遠くで聞こえたその声は、炎の中意識を失う狭間で、優史が助けに来てくれた時の声だったのだ。
せっかく助けてもらった体で私は、優史に会いに行くこともせず、何をしていたのだろうか。これだけ元気付けさせようとしてくれている心を全て踏みにじってしまっていたのか。
「おじいちゃん、私、優史に会いに行ってくる」
祖父は驚きと安堵の表情を同時に浮かべたあと、にっこりと微笑んでくれた。
こんなに近くでずっと黙ってくれていた祖父にも、申し訳ない気持ちが溢れた。既にぽろぽろと零れていた私の涙は、またさらに流れた。
新しいオルゴールを片手に、優史に会うべく玄関のドアを開けるとそこには、想像もしていなかった景色が広がっていた。
「なにこれ……」
あまりにも眩しくて、咄嗟に顔を覆ってしまう。もう一度前を向くと、そこには、太陽に照らされた満開のヒマワリが何本も、何本も咲き乱れていた。
さっきまで泣いていたくせに、思わず笑みが零れてしまう光景だった。
晴れた空がこんなに明るかったということ、そんな当たり前のことをいま思い出したような気がした。そして、太陽の光に照らされたヒマワリはこんなに輝くということも、もうすっかり忘れていた。目の前に広がる無数の黄色い花びらたちは、涙の粒さえ照らして光に変えた。
この光景は、あの日、あの奇跡が起きた日のヒマワリ畑を思い起こさせた。それと同時に、再び優史の顔がよぎった。そんな時。
「やっと夏花の笑った顔が見れた」
声の先には、優史がいた。こちらに向かって歩いてくる優史に、私は咄嗟に顔を背けて手で隠してしまいそうになったが、すかさずその手を優史に取られて私たちは完全に向かい合った。その瞬間、自分の中に押し込めていたものが一気に込み上げてきて、それは涙となって外に出た。
今日は、何度泣いても気が済まない日だ。
目の前に優史がいる。大切な人が目の前にいる。それがどれほど幸せなことか。幸せとはこのことを言うのだろうか。
「夏花」
「優史……」
久しぶりだな、と取った手をしっかりと握りなおしながら言ったかと思えば、優しい笑顔は真剣な表情に変わった。
「夏花の笑顔、奪ってごめんな」
「なんで、何言ってんの。私こそ、お礼も言わずに避けてごめんなさい。もう前の私じゃないから、前みたいには行かないから、誰に会うのも怖くて。でもあの時助けてくれたのは優史だったって、いま思い出して、それで優史に、会いに行かなくちゃ、って……。本当に、ごめん。でも、あの時私を助けてくれてありがとう」
「……ごめんな」
それから私たちはこれまでを埋めるように話をした。
初めはどうしても自分の変わってしまった姿を見られている、と思うだけで固くなっていたが、優史はまるで火事なんて無かったかのように、なんでもない日々の延長で会話をしているように、ずっと話をしてくれた。
ゆっくりと、私の心が溶けていくのを感じた。
「いっぱいプレゼントも。ありがとう。それにヒマワリも。こんなに沢山どうやって準備したわけ?」
「プレゼントは、初めは夏花を元気付けられたらって、そう思ってたんだけど。このヒマワリは俺の我儘。夏花を元気付けたいよりも、夏花の笑った顔をもう一度見たいっていう俺の勝手な気持ちのほうがおっきくなってたから。夏に間に合うようにちょっと頑張っちゃった」
「ちょっと頑張ったでヒマワリ畑って……。やっぱすごいや優史は」
「それに、約束したじゃん。次の休みにヒマワリ畑見に行こうって。あれ、守れてなかったからさ。どうしても叶えたくて」
笑ったかと思えば、ほんの一瞬、切ない顔が通り過ぎた気がした、そんな時。
「だから最後に夏花の笑った顔が見られて、一緒にヒマワリが見られて、本当に良かった」
「最後に?」
耳に入ってくることを予想していなかったその単語は、うまく私の耳に入ってこない。
「そう、最後」
また引っ越すことになったから、もう会えないと、優史はそう言った。私たちはもう、大学生だ。距離なんてそんなくだらないものが弊害になるような年齢ではないはずだ。
今こうして私に、外に出る勇気をくれたんだから、もういつだって会いに行く。これまでの分まで、何度だって会いに行く。
私のそんな覚悟も反論も、優しく突き返され、とうとうどうにもならなかった。
「じゃあ、そろそろ行くな」
日が暮れてきた頃、最後の別れを告げられた。
「もうそんなに泣くな。夏花は綺麗で優しいんだから、これからいい人に出会えるに決まってるよ」
「そんなことない。優史の他に絶対いない。それに……私は綺麗なんかじゃない」
「夏花。夏花は綺麗だよ。昔も今も変わらない。だって夏花の笑顔はいっつも、ヒマワリみたいにキラキラしてる。だから大丈夫」
あの日と変わらない声、変わらない表情でそう言って、彼は歩いて行こうとした。
「あ、くるみにはたまに会ってやってよ。こっちの小学校そのまま通ってるからさ」
「うん……」
「じゃあな。夏花、元気で」
まるで何の未練もないように、サッパリと優史は歩いて行った。本当に未練が無いのだろうか。私が会うことを拒んだこの1年は、これまでの十数年間を簡単に壊してしまったのだと思うと、心が締め付けられた。
私には、優史しかいないのに。気がついたら、私はもう叫んでいた。
「優史!私ずっと、これからも優史のこと、大好きだよ!だからこれからも一緒に」
最後まで口にする前に、遠くの方で大きな背中が立ち止まる。
「一緒にいようよ、優史」
数秒止まって、振り向くような仕草をしたかのように見えたその体は、こっちには向かなかった。代わりに、そのまま地面に向かって崩れ落ちていった。
「え……?」
優史はその場に倒れた。