よほど酷い顔をしていたんだろうか。ホーソンのようなタイプの人間に同情されてはいっそこちらも冷静になる。律儀に下げられた頭に思わず拳を握りしめた。相手を殴りたい、とかそんなんじゃない。この劇場を巡って何かがある、と上司が根拠もなく動き出し。その命を受けてわざわざこんな寂れた場所まで足を運んだにも関わらず、結果何も得られなかった。虚しい。自分で見つけてきた事件ではないだけに尚更時間の無駄だ。煙草を吸いたい衝動を堪えてグッと拳を握る。
「フィヨルドさん!すんません遅くなりました、表の鍵が中々開かなくて……って。あぁ、支配人の」
「こんにちは。貴方も刑事さん?」
「戻るぞ」
「えっ、もうですか?!」
「ここは何もない、ハズレだ」
「でも」
「フィヨルドさん、ドーナツ持ってます?」
俺も部下も、言葉の意味が瞬時に呑み込めなかった。さっきまでホーソンが読んでいた小説の一文を引用したみたいに、異質な雰囲気を湛えた文章だけが虚空に浮いている。真昼の暖かな日に当てられ、じわりと何かが露呈していきそうだった。
「甘くて砂糖がまぶしてあって、手の平サイズで真ん中に穴が開いているお菓子。ちょうど徹夜で本を読んでいたのでお腹が空いていて。持ってきていただければ色々とお話させていただきます。この劇場の事も」
「……買ってこい」
「え、俺がですか?!」
「早くしろ」
 慌ただしく去っていく部下を尻目に、ひょろりとした支配人を再びジッと観察する。一応言っておけば、ドーナツが何かなんて知っている。問題は、この男が劇場についての何を知っているかだった。
 車のエンジン音が次第に遠くなる。こんな由緒ある劇場を作っておきながらこの付近には出店や露店、飲食店がほとんどなかった。景観の維持とか公共用地の利用とか、商魂たくましい店主でもここ一帯に店は出せない。そのせいで客や従業員は食事困難者になるのだが。今のドーナツも買って戻ってくるまでに最低でも三十分はかかるだろう。
「ありがとう」
「何に対しての礼だ?俺の部下を追い出してやったことにか?」
「?」
「さっきアンタは、この劇場について詳細は何も知らないと言った。それなのに数分後には掌を返している。おまけにこの付近じゃ売ってないドーナツまで所望。頻繁に公演を観るために足を運んでいる人間がそれを知らない筈ないだろ」