演劇が嫌いかと聞かれれば『別に』と答えていた。好きじゃないが嫌いになる理由もなかったから。魚が海を、鳥が空を『地上』だと勘違いするように、そこに普段いないからといって嫌いである理由にはならないだろう。
ただ俺にとっての『演劇』という世界は、刑事という職、価値観から最も遠い場所にある、それだけだった。
「ホーソンさん?……って、いねぇし」
「約束忘れてるんですかね?」
「30分前に連絡した時はいたんだろ?警察の訪問すっぽかすとか、度胸があるかマジなアホ野郎かの二択だな」 
俺たちの職場には沈んだ顔の奴しか訪れない。失業、盗難、暴行、殺人、不倫に隣人トラブル……本当は仕事がない事こそ一番素晴らしいのかもしれないが。それではこちらの存在意義が消滅する。人が人である限りこの世から争いなんて消える筈もない。
「表の入り口見てこい。裏回ってみるから」
「了解です」
休演日ということもあってか、劇場全体は廃墟のように静まりかえっていた。そうでなくとも仕事で日々謀殺されながら休日劇場へ足を運ぶ人間など、どれだけいるんだろう。動物園や映画館の方がよっぽどメジャーだ。