「でも監督は第二のビスナントなんて望んでいない。彼そのものを待っているんです」
「ハイハイ。じゃあ突然行方不明になったリック青年とやらが犯人か?」
「それもない」
「どうして言い切れる」
「うーん……もしリックが行方をくらますほどに困っていたら、きっと今ごろインゴットもいなくなってると思うんです、彼を追って。でもインゴットは今も第一線で活躍しているし、リックみたいないい子が犯罪に関わる筈がない」
「じゃあ、役者として長年芽の出なかったワイグナーって男が犯人」
「フィヨルドさん、演劇が嫌いですか?」
「は?」
 ホーソンの透明すぎる瞳がこちらを射抜く。
言われた内容の意図が掴めず、それから文法上の意味を脳が理解し。それでもなお、劇作家の男が刑事である自分に問いかけた真意までは分からなかった。別に俺は推理ゲームをしたい訳じゃない、仕事で至極真面目に今日の任務を遂行しようとしているだけだ。
俺の沈黙を楽しむかのようにホーソンは彼専用のマグカップを弄ぶ。
「さっきから、ここの関係者の誰かを犯人にしたがってるみたいだったので」
「……支配人っていうアンタの立場を見込んで単刀直入に言えば、上はそう見てるからな」
「でもフィヨルドさんは違うって思ってる?」
 正直言えば『どうでもいい』。俺の家族や知人が死んだ訳でも被害に遭った訳でもない。非情に聞こえるかもしれないが、世の中の事件全てに対して丁寧に感情移入なんてしていたら、先にこちらの精神が壊れてしまう。実際、それが原因で職場を去った人間を何人も目にしている。
「今度、俺たちの舞台観に来てください。そうすれば分かりますから」
「事件解決が俺たちの仕事なんだよ。さっきから言ってるが、観劇が目的じゃない」
「お仕事以外の時間に来るのはダメですか?」
「あのな、もっと〝演劇向き〟の奴を誘えよ。なんだって俺なんだ」
「だって」
「……だって?」
「俺の意図を組んでくれる人、あまりいないんです。でもフィヨルドさんは今日初めて会うのに心地がいい。不思議。だからきっとお芝居も楽しめると思います。そもそも舞台を観に行くのに年齢や性別や職業なんて関係ない」