「『俺には才能がない』って酔うとそればっかり、小さい。俺は昔も今も、ワグのファンだよ」
「そりゃどうも」
「作る衣装も、ギャグみたいな演技も。一回だけ書いて見せてくれた脚本もめちゃくちゃ面白かった。ないのは才能じゃなくて審査員の目じゃ……あ!」
「んだよ」
「俺たちで劇団立ち上げればいいじゃん!そうすればワグは自動的にメンバーだし好きなお芝居できるしさ?!うっわ俺天才だ」
「バカ、どう考えても無名の小劇団だろうが」
「でも好きな事したいんじゃないの?」
 実にシンプルな問だった。思わず押し黙る。
制作側、という仕事上の地位に文句があるんじゃない。だが己の脚本や物語を舞台上で実現したい。ならば自分たちだけで有志を募って行えばいいと、今グラッシュは提案する。それを俺は『無名の集団でしかないから』すなわち知名度が低いから、という理由で却下しようとしていた。
有名になりたいのか、どんなに弱小の集団でも夢を優先するのか。俺は一体何をしたいんだ。誰もが知る著名な劇団の製作陣にいられるなんて誇らしいことこの上ない。これで中身が極悪非道、労働者の環境を無視するようなチームだったら話は変わるのだが。実際、環境は最高だし働いている人間たちも良い奴ばかりだ。
 俺の小さな葛藤を、グラッシュは全部分かっているようだった。いつまでもガキみたいに悩んでないでさっさと腹を決めろ、と。くっきり彩られた長身の二重が夜空の中で俺を見下ろしている。
「やりてぇよ」
「うん」
「誰に何と言われようと貫きたい」
「じゃ、決まり?」
「準備することが山ほどあるけどな」
「俺も身体づくりしておこーっと」
「オーディション受かる気満々かよ」
「ワグの劇団なんて入りたいに決まってるしね。本気で行くから」
 心強かった。グラッシュが人気俳優だからでも、俺の計画が後押しされたからでも、馬鹿にされなかったからでもない。純粋に、ライバルであり親友のような男が俺に賛同してくれたことが、心から嬉しかった。それだけ、だがそれで充分だ。
飲み干した缶をゴミ箱にぶん投げる。綺麗に弧を描いて吸い込まれた直後、青黒い空と影の合間で、鋭い音が二つ響いた。