第二章『追走』

 定期公演『Pride』の最終日、劇場は昼夜共に満席だった。火照った顔で興奮冷めやらぬまま帰っていく観客たちを、後方に設けられた関係者席から見守る。長い制作過程と稽古期間、そしてあっという間に過ぎ去っていく本番。決して楽な仕事ではない、むしろ苦労と試行錯誤しかない上に労働時間と給料はまるで釣り合っていないのだが。
一度『舞台』という仕事に携わってしまえばもう止められなかった。転職という発想すら湧かない、むしろ天職。俺同様この世界にいる全員が良い意味で『物好き』だ。
「ワグくーん!おつかれー!」
「グラッシュ……!お前観に来てたのか、サンキュ」
「当然!ワグくんが関わってる舞台観に行かない訳ないでしょ。あ、ってか敵役の人が着てるドレスと、あとは決闘シーンの服?めっちゃ最高だった」
「流石は元演者。よく見てんな」
「えっへん!」
「あ!グラッシュさんお久しぶりです!観に来てくださったんですか?!」
 調子に乗るな、とつい癖で叩こうとした瞬間、スタッフの数名が嬉しそうな声を上げる。 
『THE Box』の看板役者だったグラッシュ・イスタルがこの劇団を引退してもう一年が経っていた。個人的にも世間的にも『早すぎる』と惜しまれていたが、本人曰くこれから第二の人生を歩みたいんだそうだ。演技だけじゃなく何をやらせてもソツなくこなしてしまうタイプの才能人、きっと余生には困らないだろう。おまけに多趣味で友人も多い。
 てっきり起業か何かでもするのかと思いきや、コイツは足しげく、一人の観客としてこの『THE Box』に暇があれば通っていた。
『もっとあるだろ?お前なら、顔もいいし背も高いし』
『へ?』
『こう……なんていうかさ。背も低いし不器用だし、一生アシスタントから上がれない俺とは違うっていうか』