食べ切ったサンドイッチのゴミを空き箱へと捨てる。手を洗いたいな、と思っている最中にユーゴさんが『Pride』の台本をパラパラとめくっていた。ふと、唐突に思い出した内容が口を付く。
「そこ」
「ん?どこ?」
「人物一覧のそこ、なんか変じゃないです?」
「マジ?誤字とか?」
「じゃなくて……何て言うんですかね。主役の『ギルバート』って名前の下……だからユーゴさんの名前が書かれてる上?に、変な空白があるっていうか」
 単なるミスプリント、打ち間違い、と言われれば誰もが納得するような箇所だった。俺だって、台本をもらってしばらくは何も気付かなかった。本当につい最近『あれ?』という微かな違和感がふつふつと湧きあがってきたくらいだ。
「今の今まで何も感じなかったわ……お前疲れてる?そんなひょろい身体じゃ脳まで酸素回ってないだろ。もっと肉食えよ肉!」
 大先輩に言われれば、確かに台本のささいなミスプリントなんて些末な内容に思えてきた。実際、公演を観に来てくれる客は台本なんて一度も見ないわけで。そこに何が書かれていようと、本番の舞台上で目にしたこと、俺たちが表現したことだけが『全て』であり、事実になる。
 午後の稽古も飛ぶように時間は流れ、あっという間に夜の11時を回っていた。『Pride』の本番まで一週間を切った現場はますます熱を帯びてゆく。緊張感とワクワクと、皆で最高の作品にしてみせるという自信と、これまで劇場が培ってきた思い出だけが全員を突き動かしていた。自信の根拠があるとするならば、今日まで各自が行ってきた『練習』だ。
「お疲れさまでした」
 深夜まで作業を続けるであろう製作スタッフさん達に頭を下げ、帰路を進む。表舞台に立つ自分たちは、製作側の人間たちに支えられている。当然と言えば当然なのだが、彼らがいなければ、チケットも捌けないし当日の客の誘導、機材の搬入、衣装も音響も照明も舞台装置も何もかもが動かなくなるのだから。現場の人間にはやはり頭が上がらなかった。
 この仕事に携わる者において優劣などない。各々のプライドと誇りを尊重し合う者だけが現場で生き残っていた。
「……」