自分たちが作った料理を美味しそうに食べてくれるのを見ると幸せになりませんか。春の花みたいにリックが笑う。一人暮らしが長く自炊もほとんどしない俺にはその感覚がイマイチ分からなかった。そのせいで相槌のタイミングが若干遅れる。
「リ」
「おーい!リック!まだパン余ってる?夜食用に買ってくわ」
「今行きまーす!それじゃあインゴットさん、また」
 一回り小さく華奢な背が遠ざかっていく。開け放たれた窓の奥から風、爽やかな新緑を運ぶように温かみのある何かが横切るのが分かった。
 稽古が再会するまであと20分、口に含んだサーモンとレタスが小気味良い音を立てた。パンの間から溢れそうになるドレッシングを慌てて食べながら、既に帰ってしまったらしいリックの背を探す。
どうせ毎週来る。下の名前を知っているだけ、定期的にパンを売りに来る店員と顧客の劇団員、物語にもならない些末な関係なんだろう。リックにとっての俺は『大勢の中の一人』であり、俺にとってのリックは『世界に一人しかいない友人』だった。
「イング!顔死んでるぞ」
「……いつもです」
「稽古終わりの台詞回しいい感じだっただろうが!本番もその調子で頼むぞ?」
「ユーゴさんの迫力あっての俺ですから。上手く利用させてもらってます」
「っハハ!口達者かよ」
 ユーゴさんの大きな手が背中を叩く、背骨全体がミシミシ震えた気がした。気合い入れの時にも随分と頼もしい役割を果たしてくれる彼は、この劇団における大黒柱のようなものだ。185センチを越える身長だけじゃない、存在感やオーラなんて言葉で表されるソレは一朝一夕で培えるものではなかった。長年の経験と、怠らない彼自身の努力が関係者にも観客にも伝わり。結果、演技や芝居の中に滲み出る『彼にしか出せない味』が魅力となる。
「でもお前器用だからすげぇよ。俺が25の頃なんて台本読むので精一杯だったし」
「実家が工房なんで……親父の道具作りとか手伝ってただけですよ。監督には『器用貧乏になるな』って言われた事もあります」
「でも事実、お前の特技でもある?だろ?世の中手に入れたもん勝ちだ」
「ユーゴさんが言うと説得力1000倍増しっすね」
「『Pride』の小道具だって半分ぐらいお前が作ってくれてんじゃん。助演さんも感謝してたし、きっと監督も口には出さないだけで重宝してるって」