「純粋に話したいと思ったんです。フィヨルドさんと」
「そのために部下が邪魔だった、と……賢いな、何か要望があるんだろ?一般人は大抵、刑事にさっさと帰ってもらいたがる」
「冷たい。名前みたい」
「よく言われる」
 立ったまま唇を歪めれば、意外なことにホーソンからも皮肉めいた笑みが帰ってくる。自嘲的ブラックジョークを理解することはできるらしい。
「劇場についてお伝えしたい事があるのは本当です。ただ、フィヨルドさんが言っている事件とはきっと関係がない。それでも、すごく大切な話だから」
 俺よりも数年長く生きているだけ、その筈なのに三千年を生きた魔術師みたいなオーラが周囲を包み込む。よく言えば〝年齢不詳〟だ。
市井に生きていながらどこか浮世離れしている発言と行動は、どう足掻いても俺の目を惹いた。他の人間たちもそうなんだろう。この男が演劇という世界に携わっているのもよく分かる。一般的な事務職に属せば、周囲が彼を持て余すに決まっていた。
舞台が、彼を求めてやってくる。
「聞いた話では脚本以外も手掛けている、と」
「趣味で。小説とか戯曲も書いています、舞台用の物が大半なんで……それも調べたんですか?俺の本、書店さんは『面白くない』って並べてくれないんで」
 その事前情報があったのは事実だが。仮に何も知らずにホーソンに会ったとして、作家業に関しては雰囲気で分かっただろう……とは口が裂けても言いたくない。まるで俺が、コイツの摩訶不思議なオーラにあてられた、と公表するようなものだ。
「とりあえず座って、フィヨルドさんのお友達が戻ってくるまで時間もかかりそうです」
「友達?……あぁ、さっきのは部下だ」
「いいな」
「アンタにもアシスタントの一人ぐらいるだろう」
「いない。ずっと俺一人で作ってる」
「……」
「コーヒー飲みますか?煙草はダメですけど」
「……」
「『どうして喫煙者だと分かったのか』って?さっき、俺の方を見ながら凄い形相だったじゃないですか。ああいう人は大抵お酒か煙草に夢中。フィヨルドさんは雰囲気的に後者、当たってます?」
 ほんの数分程度で終わらせて帰るつもりだった。が、漂ってきたカフェインの香りと、生地の剥がれたソファ―に腰を下ろしながら。
「まだ中毒じゃない」
長くなりそうだと小さく息を吐いた。