「部活……楽しくない?」


「部活は好きですよ。でも、あれもダメ、これもダメ。何を目標にすれば良いのかもわからないし、この状況で、どう楽しめっていうんですか」


「つまんねぇつまんねぇって思いながら走ってるのが、伝わってくるんだよなぁ。カケルが走るのは、なんも悪い事じゃないんだからさ………」


「颯汰先輩はいいっすよ。去年、結果残してんだし。進学先も決まりそうなんですよね?それなら別に、大会とかなくったって……」


颯汰はどうして、こんなにも前向きでいられるんだろう。こんな先の見えないままの練習も、人目を気にした息苦しい毎日も、つまらなくないのか。八つ当たりのように返すと、颯汰は困ったように笑った。


「俺だって大会に出たかったよ。大会で勝つために、毎日練習してたようなもんだし。高校生活が、このまま何も残せないで終わるのかなぁってさ、すげぇ落ち込んだ。なんで今なんだよって、世の中を恨みまくった。でもさ、腐ってても、自分のためにならないなって、思い直したんだ。

大会があっても無くても、練習したことって、消えないだろ?」


「でも、公式の記録がなくちゃ、なんも意味無いっすよ」


「じゃあさ、入賞できないやつって、みんな意味がなかったのか?違うだろ。結果がでなくても、努力したって事実が大事なんじゃないの?」


「っだけど…!だって、みんなが、今やるべき事じゃないって言うんじゃないか!

じゃあ。いつやるんだよ……!!俺はいつ頑張ればいいの?またいつかって、いつ?!」


興奮して言葉が乱暴になったが、颯汰は怒らずに聞いてくれていた。大事にしている毎日を“必要ではない”と言われているようで、とても苦しかったのだ。


「だよなぁ。“感染が治まったらいつでも出来る”だなんて、大嘘だよな。俺達には、今しかないのに」


颯汰の声は優しかった。背中をポンポンと叩かれ、そこから熱が伝わる。それだけで、カケルは込み上げるものがあって、顔をくしゃくしゃにして俯いた。


「悔しい気持ちって、みんな平等なのに、今ってそうじゃないよなぁ」


言われて、ストンとその言葉が胸に落ちた。


そうだ、ずっと不公平に感じてるから、気持ちが悪かったんだ。


学生だから?

仕事じゃないから?

真剣な気持ちは、一緒のはずなのに。


“今”を諦めろって言われた気がして、すごく悔しかったんだ。


「悔しいよなぁ。でもさ、俺、前みたいに、一緒に楽しみたいんだよ。高校最後を悔しいまま終わらせたくない。ちゃんと楽しみたい」


なんとか堪えていた涙が、ほろりと落ちた。

水滴は、アスファルトに水玉模様を作る。


「俺達の青春は、不要不急じゃないよなぁ」


颯汰は大人ぶって悟ったように、でもやっぱり悔しそうに呟いた。

カケルが驚いて目を丸くすると、颯汰は「ちょっとクサイセリフだな」と恥ずかしそうに頬をかいた。


「や、俺も、同じ事思ってて……だから、嬉しかったつーか」


「頑張った成果を、発揮して、認めてもらえる場所がほしいだけなのにな」


すでに涙は滝のようで、恥ずかしくなって膝の間に頭を落とした。
同じ気持ちの人がいる。この悔しさを、わかってくれている人がいる。それだけで、少し救われた気がした。
涙を止めようと、残ったミルクティーを一気飲みした。
優しいミルクの味が、体中に染み渡った。