ズズッ、とえみが隣で勢いよく麺をすする。業務用掃除機の吸引力だ。麺が瞬時になくなっていく。
「お兄さん、替え玉二つ」
 えみが高らかに宣言した。一つじゃとても足りないらしい。間もなく届いた麺も勢いよく吸っていく。もはや食べているのか吸っているのかわからない。すぐに食べ終わり、満足げに箸を置く。
「ま、普通ね」爪楊枝をかじりならが言う。
 意外と冷静なコメントに驚きつつ、会計を済ませて外へ出た。


 アパートに帰るなり、えみが部屋を眺めまわした。
「断捨離の件だけど、あなたが思っていたのは、不用品の処分ではなく、すべて処分するってことね」
「よくわかりましたね」
「『アドレスホッパーになる』ってあるから。ゆくゆくは部屋を引き払おうとしていたんだね」
 僕は黙ってうなずいた。アドレスホッパーとは、特定の住処を持たず、全国のホテルやゲストハウスなどを転々とする生き方。現代のホームレスとも言えるが、リモートワークなどで仕事はきちんとこなしているから、貧しいわけではない。時間と場所から解放された、新しい生き方だ。どうしてもうちの会社はそこまでリモートワークもできないし、住む場所を転々とすることもできない。サラリーマン時代ではできない生き方だからこそ、憧れもあった。
「じゃあ、今からやっちゃおうか」えみが嬉しそうに言う。リスト消化を心から楽しみ始めたらしい。
「急ですね」
「善は急げ、よ。もうリストも少なくなってきているし、このタイミングでいいでしょう」
 割と冷静な判断をされていた。そして、やはり変態系のものはリストから削除されているらしい。ネタがネタだけに、どうしても復活してほしいとも言えない。そうすると、たしかに残りわずかになってきている。サラリーマンでもないし、思い出の品はほとんど破壊されたし、もはやここに留まる理由もない。
「やっちゃいましょうか」僕もようやく吹っ切れた。
 すると、巨漢なのにえみの行動は早く、片っ端から不用品回収業者に電話し始めた。今すぐ来られる業者を求めた。そんな暇な業者あるか、と思いきや、大都会は広い。業者はいくつもあって、三本目の電話で業者が決まってしまった。
「三十分くらいで来るって。その間、持っていくものだけ考えておいて」