「待ってくれ。本気で言って……」
リセの提案に戸惑いながら問い返そうとした時、リセを含めた周りの空間が突如ゆがんだ。
「なっ?」
「どうしたの、テオ?」
ぐにゃりと歪んだリセの顔が僕を覗き込む。彼女は異変を関知していない。僕だけに起きてる現象? そう思った次の瞬間に世界は七色にスパークし、直後漆黒の闇が世界のすべてを包んだ。そして視線の先に白い文字列が浮かび上がる。
『ERROR-332 緊急ログアウトします』
332番のエラーコードは、ReMageのシステムに何らかの異常が発生し、ユーザーを現実世界に退避させるときに表示されるものだ。頭を包み込む薄い膜が、パチンと音を立てて弾けるような感覚。LDRからログアウトするときの特有のこの感じが、僕は好きじゃなかった。現実に戻されるという不愉快な状況に、必ずセットで着いてくる感覚だ。好きになれるはずない。
「ったく何だよ……」
僕は毒づくと、ヘッドギアを外してベッドから上半身を起こした。携帯端末の画面を確認する。ReMageの運営から、緊急メンテのお知らせが配信されている。しばらくは再アクセスは無理そうだ。そしてもう1件メッセージ。仮想空間から転送されてきたリセの伝言だ。
『通信トラブル? 復旧したらさっきの話の続きね!』
可愛らしい絵文字でデコレーションされまくった文字列。どうやらリセは、仮想の世界から追放されずに済んだらしい。
「それにしても大変なことになったぞ……」
もちろん緊急メンテの話じゃない。雨夜星リセが、辞める……? 本気なら、仮想世界ReMageをゆるがす大事件だ。途方も無い数の人々が悲しむし、途方も無い額のお金が失われる。今や雨夜星リセは、中の人本人であっても勝手に終わらせる事ができるような存在ではない。
「ま、アイツの気まぐれだろ、きっと。うん……そうに、決まってる」
自分に言い聞かせるために、口に出す。もう長いこと、こっちの世界では喋っていない。だから少し舌が重たく、もつれるような感覚がある。僕はそれだけ長く仮想世界Remageに居て、その時間のほとんど全てを雨夜星リセのサポートに捧げてきた。
ReMageは、いわゆる第7世代メタバースの代表的アプリだ。2020年代から普及し始めた、インターネット上のもう一つの世界・メタバースは、LDRの普及によって一つの完成を見た。
それは人の思考と感覚をそのまま仮想世界に反映させる技術だ。ゴーグル型ディスプレイや体感スーツと言ったデバイスを使って、人の五感に擬似的な体験をさせる、それまでのVRとは異なり、LDRは脳に直接刺激を与える。脳の視覚情報を司る部位に信号を流して、架空の世界の景色や匂い、風や気温を再現するのだ。そしてその世界を歩きたいと考えれば、脳が発信する電気信号を読み取って仮想世界のアバターの足を動かすことができる。さながら脳が半覚醒状態のときに見る、自分の意志で体を動かせる夢、明晰夢に似た体験であることから、この名が付けられた。
脳機能の解析が進むことによって登場した、夢のデバイスに全世界の人々が夢中になった。今や地球人口の40%がReMageのユーザーだと言われる。そんな全く新しい仮想世界でも、シンガーやアーティストと呼ばれる存在は不動の人気を誇るコンテンツだ。いつの時代も、人は美少女やイケメンが表情豊かに話したり歌ったり踊ったりするのを見るのが、大好きなのだ。
そして現在、そのトップに立っているのが、雨夜星リセだった。
そのリセが、辞めると言い出した。いつもの気まぐれだ、すぐに撤回する。あるいは僕をからかってるだけだろう。何度も自分に言い聞かせる。けど繰り返せば繰り返すほど、それが気まぐれでも冗談でもないと気がしてくる。いくら気まぐれ屋でも、雨夜星リセはなんの理由もなしに辞めるなんていうヤツじゃなかった。
リセの提案に戸惑いながら問い返そうとした時、リセを含めた周りの空間が突如ゆがんだ。
「なっ?」
「どうしたの、テオ?」
ぐにゃりと歪んだリセの顔が僕を覗き込む。彼女は異変を関知していない。僕だけに起きてる現象? そう思った次の瞬間に世界は七色にスパークし、直後漆黒の闇が世界のすべてを包んだ。そして視線の先に白い文字列が浮かび上がる。
『ERROR-332 緊急ログアウトします』
332番のエラーコードは、ReMageのシステムに何らかの異常が発生し、ユーザーを現実世界に退避させるときに表示されるものだ。頭を包み込む薄い膜が、パチンと音を立てて弾けるような感覚。LDRからログアウトするときの特有のこの感じが、僕は好きじゃなかった。現実に戻されるという不愉快な状況に、必ずセットで着いてくる感覚だ。好きになれるはずない。
「ったく何だよ……」
僕は毒づくと、ヘッドギアを外してベッドから上半身を起こした。携帯端末の画面を確認する。ReMageの運営から、緊急メンテのお知らせが配信されている。しばらくは再アクセスは無理そうだ。そしてもう1件メッセージ。仮想空間から転送されてきたリセの伝言だ。
『通信トラブル? 復旧したらさっきの話の続きね!』
可愛らしい絵文字でデコレーションされまくった文字列。どうやらリセは、仮想の世界から追放されずに済んだらしい。
「それにしても大変なことになったぞ……」
もちろん緊急メンテの話じゃない。雨夜星リセが、辞める……? 本気なら、仮想世界ReMageをゆるがす大事件だ。途方も無い数の人々が悲しむし、途方も無い額のお金が失われる。今や雨夜星リセは、中の人本人であっても勝手に終わらせる事ができるような存在ではない。
「ま、アイツの気まぐれだろ、きっと。うん……そうに、決まってる」
自分に言い聞かせるために、口に出す。もう長いこと、こっちの世界では喋っていない。だから少し舌が重たく、もつれるような感覚がある。僕はそれだけ長く仮想世界Remageに居て、その時間のほとんど全てを雨夜星リセのサポートに捧げてきた。
ReMageは、いわゆる第7世代メタバースの代表的アプリだ。2020年代から普及し始めた、インターネット上のもう一つの世界・メタバースは、LDRの普及によって一つの完成を見た。
それは人の思考と感覚をそのまま仮想世界に反映させる技術だ。ゴーグル型ディスプレイや体感スーツと言ったデバイスを使って、人の五感に擬似的な体験をさせる、それまでのVRとは異なり、LDRは脳に直接刺激を与える。脳の視覚情報を司る部位に信号を流して、架空の世界の景色や匂い、風や気温を再現するのだ。そしてその世界を歩きたいと考えれば、脳が発信する電気信号を読み取って仮想世界のアバターの足を動かすことができる。さながら脳が半覚醒状態のときに見る、自分の意志で体を動かせる夢、明晰夢に似た体験であることから、この名が付けられた。
脳機能の解析が進むことによって登場した、夢のデバイスに全世界の人々が夢中になった。今や地球人口の40%がReMageのユーザーだと言われる。そんな全く新しい仮想世界でも、シンガーやアーティストと呼ばれる存在は不動の人気を誇るコンテンツだ。いつの時代も、人は美少女やイケメンが表情豊かに話したり歌ったり踊ったりするのを見るのが、大好きなのだ。
そして現在、そのトップに立っているのが、雨夜星リセだった。
そのリセが、辞めると言い出した。いつもの気まぐれだ、すぐに撤回する。あるいは僕をからかってるだけだろう。何度も自分に言い聞かせる。けど繰り返せば繰り返すほど、それが気まぐれでも冗談でもないと気がしてくる。いくら気まぐれ屋でも、雨夜星リセはなんの理由もなしに辞めるなんていうヤツじゃなかった。