手のひらを掲げたまま、エルダーリッチは言った。
「ソラ、畑の土を《鑑定》しろ。良い状態になったら魔法を止める。ただし手を突っ込むなよ。血流が狂って気絶する可能性がある」
「わかった」
ここで俺は初めて《鑑定》をふたつ同時に使った。片方は土の状態を確かめるため、そしてもう片方はエルダーリッチの《時間推進》を習得するためだ。
頭の中にすさまじい情報量が入ってきて、クラクラしそうになるのをグッとこらえる。微生物の数、働き、養分の変化、魔法の構造、魔力の流れ――。
「……よし、止めてくれ」
紫色の輝きが、治まった。土を触ってみると、少しだけ温かい。微生物の働きの成果だ。
「村長」
「……ん、あ、ああ」
呆然と立ち尽くしていた村長は、我に返ったように返事をした。
「村に、マメ類の備蓄はありますか?」
マメ類は、土壌を安定させる効果がある。
「ダストン男爵の許可が下りればすぐ植えられるよう、コロコロマメを保管しておる。しかしそれも、もう食べるしかない状況じゃ」
「今すぐ植えましょう」
俺は倉庫に案内された。
箱に詰まっているコロコロマメを《鑑定》してみると、緑色のステータス画面に詳細が表示された。
『〈コロコロマメ〉保存性に優れ、栄養も豊富』
これが、ダストン男爵とやらは気に入らないらしい。
俺は再び《天衣無縫》で豆を浮かせ、畑まで運んだ。そして一粒一粒を、土に埋めていく。けっこう神経を使う作業だ。そして豆の蔓が巻き付くための枝を差した。
それらの作業を終えると、俺は手を掲げて《時間推進》を使った。畑が再び紫色に輝く。
「おおお……!」
村の人々がどよめく。土から芽が出て、それが蔓となって枝に巻きついていく。まるで早送りの映像を見ているような感じだ。そうして徐々にさやが膨らんで――そこで魔法を止める。
「もう、収穫できますよ!」
俺がそう言うと、歓声が上がった。
「よし、皆の者、仕事にかかるんじゃ!」
さすがに《天衣無縫》では、そこまで繊細な作業はできない。老人と子供たちが集まって、豆のさやをもいでいく。もちろん村を歩き回っていたリュカたちも、それを手伝った。
「ノーサギョーって、楽しいのね!」
俺も含めてだが、悪魔の森から来たメンバーは、基本的に疲れというものを知らない。エルダーリッチは例外かもしれないが、彼女は豆のさやに軽く指を触れるだけで、それが宙に浮いてカゴに収まっていった。あの魔法もいつか使えるようになりたいものだ。
「やはり錬金術と魔法の相性は素晴らしいな。学習意欲が旺盛な弟子は、見ていて気持ちがいい。それに覚えた魔法を即座に応用する実行力も評価しておこう」
こう言われると、なんだか照れくさい。