夜の街。目の前に多くの人が通ってるのを横目に、俺は昭彦と共に歩いていた。
「……なんの用だ」
静寂を破ったのは昭彦。苛立ちを隠せていない。
まぁそりゃそうか。俺だって塾帰りで嫌いなやつに呼び止められたらイラつく。
「昔話でもしようぜ、昭彦」
「……お前と話すことはなにも――」
「栗木寧音」
その名前を出した、瞬間昭彦が固まる。……俺も出来るだけこの名前は出したくなかった。
栗木寧音。この名前俺は一生忘れないだろう。
……俺が、俺たちが殺した女の名前。
「……その名前を聞くのも久しぶりだな」
イジメる側と、イジメられる側。相容れぬはずの二人が並んで歩けるのは、きっと蜘蛛の糸より短い繋がりのおかげだ。
栗木寧音の死。たったそれだけの繋がり。
「……イジメを止めさせてくれ」
昭彦は頭がいい。俺が今昭彦と話している意味も、彼なら分かるはずだ。
「……お前は、自分のために動くタイプではないと思っていたんだがな」
「意外か?」
「あぁ」
自分のためではないさ。
死神の苦しみを少しでも取り払ってあげたいからこうしてるんだ。
「一応聞くが、俺を追い詰めるためのカードはもっているんだろうな」
俺はその問いかけに対し、無言で財布から写真を取り出した。……昭彦と榛名がラブホテルに入るところを撮った写真だ。
春夏が記念撮影だかなんだかで内緒で撮っていたものを一枚もらってきた。
「……そうか、俺も終わりか」
昭彦が遠くを見つめながらそんなことを呟く。何かから解放されたような横顔。
俺は、もちろん昭彦という男は好きではない。……だが、イジメを好き好んでするやつでもないと思っている。
今だって俺を写真を奪って、ビリビリに破くことなんて容易く出来るはずなのにそれをしない。不可解だ。
「なぁ昭彦。どうしてお前はそうなったっんだ?」
昭彦は……そんなやつではなかった。イジメをするような奴ではない。
「……昔好きだった女の子がいてさ」
だんだんと人通りが少なくなってきて、街灯も同じように減ってくる。暗闇があたりを支配しようとしていた。
「……その好きな子に、仲のいい男友達がいて。俺はそれが羨ましかった」
昭彦は眼鏡を人差し指で押し上げ、続ける。
「だから、俺はその女の子と男友達をお似合い、カップルとかいって冷やかしてた……特に女の子のほうにはちょっかい出してたな」
「……つまらない理由だろ?人ってのはこんなつまらない理由で殺されるんだぜ?」
昭彦は自虐気味に喉を鳴らす。確かにつまらない理由だ。昭彦だけが悪いわけでは無い……が、昭彦が原因なのは確か。
「……お前は、後悔してんのか?」
「…………してないわけないだろ」
はぁ、と彼がため息をついた。
「じゃなんで今、俺をいじめているんだ」
沈黙。答えは返ってこない。
何分たっただろうか。昭彦はその重い口を開く。
「……美しいんだ、どうしようもなく」
「美しい?何がだ」
「……彼女の死体が、まるで童話の中に出てくる眠り姫のようで。……それをもう一度見たかったんだ。あの体験をもう一度してみたかったんだ」
……本当にそうなのか?それをやるなら、もうちょっとやりやすい方法もあったはずだ。
それが行動原理なら、暴力でも振るえばいい。今のやり方で自殺させるなんて、到底無理だ。
「でも……でも分かってるんだ。そんなことしちゃダメだと。分かってはいるんだ」
「……矛盾しているな」
「俺は……多分怖いんだと思う」
何か達観したような目。……彼の目の奥には何が映っているのだろうか。
あのとき死んだ栗木の死体か?それとも矛盾に苦しむ自分の姿か?
分からない。俺には全く、理解ができない。人の気持ちなんて完全に理解しようなんて思うことがまず傲慢だ。
「……いい加減止めにしようぜ。俺も、お前も」
「分かってる……分かってるさ。憎しみはいつか終わらせないといけない……連鎖させたままでは絶対にいけないんだ」
「……だから、もう止めよう。そりゃ多少わだかまりは残るかもしれないけど。それでもこのままよりはマシなはずだろ」
俺は思ったことをそのまま相手にぶつける。俺は……俺は昭彦に対して脅しはしない。
脅しをすれば簡単に物事は終わる。……だけどそれじゃダメだ。春夏のときに気付いておくべきだった。
イジメを止めさせても、また次の標的が生まれてそれが再開したなら意味がない。
死神はきっと、それだと悲しむ。
俺の自己満足でもなんでもいい。ただ、ここで昭彦を説得して。それが俺の人生最後の仕事だ。
「……それでも、それでもっ!」
「お前は!……お前はもう縛られなくていいだろ」
「もう戻れないんだよ!ここまで来たら!」
もう戻れない、だって?……笑わせる。
「そうお前が思いたいだけだろ」
「……楽しんじまってんだよ。お前をイジメることを……最低だろ?」
最低な人間。確かに、昭彦は良いやつではないだろう。
だが……俺はこいつを最低な人間として見ることはできない。……悪い記憶だけではないから。
「覚えてるか?小学校の頃。一度だけ帰り道被ってさ。しかなく一緒に帰ったよな」
「……覚えてねぇよ、そんなもん」
「…………栗木が自殺する前だった。楽しかったよ、お互いバカみたいな会話してたよな」
優しくしたほうは覚えてなくても、優しくされたほうは案外覚えているものだ。
嫌なことばかり、こいつにされてきたわけじゃない。こいつだけにされていたわけじゃない。
だから、俺はこいつを憎まない。
「昭彦、俺は許すよ」
「…………栗木は。許してくれないだろうな」
「許してくれるさ。あいつも、単純だからな」
瞼の奥に焼きついてる景色。そうさ。栗木も、俺も。単純なんだ。死ぬほど。
「断言したか……いやぁ、ハハハ……」
「昭彦、何度も言うけど。お前の責任ない。……俺も恨んでない。誰もお前のことを恨んでない」
ふと空を見ると、月が雲に隠れていた。さっきまで美しい三日月がかかっていたのに。
月光が消える。昭彦の狂気が、同じように消えていく。
「……俺は、俺を許せない」
かすり声。
昭彦はきっと、誰かに自分を陥れて欲しかったんだろう。破滅願望というやつだろうか。
ここであっさり負けを認めたのも、これで納得だ。
「俺は最低なやつなんだ……だから」
「……だから?」
「だから、もう俺を救うようなことを言うのはやめろ」
俺はその言葉を聞いてもう一度考える。
俺は救いたいのか?昭彦を。俺をずっといじめていた昭彦を。……こんな人間を救いたいのか?
違う。救いたいんじゃない。昭彦のことなんて俺はどうでもいいんだ。
ただ栗木が。栗木がそうしたいといっているように思えたから。
ただの自己満足さ。ただの自己満足。
「真面目なやつだよ、お前は」
「ははっ……そっか」
「そうさ。……だから、そんな顔すんな、昭彦」
昭彦は諦めたような顔をして、笑った。もう、ここがどこの道なのか分からない。人通りが多くなってきている気がする。
「春鳥、俺はこれからの人生。何か残せると思うか?」
「……ああ。俺はお前を信じてる」
「…………期待が重いよ」
「明日昼飯奢れよ?」
「はははっ……弱み握られてるし、いいぜ」
お互いこういうバカみたいな話して。これで仲直り。こういうのでいいんだ。
難しいことなんて考えなくていい。結局は気持ちの問題なんだから。
「じゃあな」
「ああ……俺も帰るよ、また明日。昭彦」
「また明日」
あるはずのない未来に希望をはせて。ただ、それでいいじゃないか。
「いつから聞いてたんだ?死神」
「死神じゃないよ。私には栗木っていうちゃんとした名前があるだから」
希望なんていう光に縋るのも、いいじゃないか。それが幻想だとしても。
たわいもない話が、今はただ心地のいい。夢のようで。
夢の終わりなんて想像できなくて。終わりなんてないように感じて。
「……どうして泣いてるの?」
ただ、終わりって事実だけが目の前に来ていて。
「……どうしてだろうな、分からないや」
答えなんて分からない。ただここ数日が充実していた。目的があって生きていられた。昭彦の狂気を消せれた。
ただそれだけが、ただそれだけが俺の残せたことで。
悲しくて。誰かに愛して欲しくて。好きだよって言われたくて。春鳥って呼ばれたくて。
「春鳥、好きだよ」
「ありがとう……ありがとう……本当に」
こんな俺でも、生きてていいよって言われてる気がして。あぁ心地良い。
心地のいい。夢が終わる。
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「……ありがとう、栗木」
白が奔る。一面白のイメージ。
昭彦、栗木、春夏の笑顔が吹き抜ける。
これが走馬灯というやつか。案外、つまらない人生だったな。……最後は、楽しいこと尽くめだったけど。
……つまらないこともなかったか。
目的のある、いい人生だったよ。
誰かに微笑んで貰える人生が、幸せだった。
結局は気持ちの問題だ。でも、それが案外重要だったりする。……幸せだと考えれるならそれが、いい人生だ。
また明日――
「……なんの用だ」
静寂を破ったのは昭彦。苛立ちを隠せていない。
まぁそりゃそうか。俺だって塾帰りで嫌いなやつに呼び止められたらイラつく。
「昔話でもしようぜ、昭彦」
「……お前と話すことはなにも――」
「栗木寧音」
その名前を出した、瞬間昭彦が固まる。……俺も出来るだけこの名前は出したくなかった。
栗木寧音。この名前俺は一生忘れないだろう。
……俺が、俺たちが殺した女の名前。
「……その名前を聞くのも久しぶりだな」
イジメる側と、イジメられる側。相容れぬはずの二人が並んで歩けるのは、きっと蜘蛛の糸より短い繋がりのおかげだ。
栗木寧音の死。たったそれだけの繋がり。
「……イジメを止めさせてくれ」
昭彦は頭がいい。俺が今昭彦と話している意味も、彼なら分かるはずだ。
「……お前は、自分のために動くタイプではないと思っていたんだがな」
「意外か?」
「あぁ」
自分のためではないさ。
死神の苦しみを少しでも取り払ってあげたいからこうしてるんだ。
「一応聞くが、俺を追い詰めるためのカードはもっているんだろうな」
俺はその問いかけに対し、無言で財布から写真を取り出した。……昭彦と榛名がラブホテルに入るところを撮った写真だ。
春夏が記念撮影だかなんだかで内緒で撮っていたものを一枚もらってきた。
「……そうか、俺も終わりか」
昭彦が遠くを見つめながらそんなことを呟く。何かから解放されたような横顔。
俺は、もちろん昭彦という男は好きではない。……だが、イジメを好き好んでするやつでもないと思っている。
今だって俺を写真を奪って、ビリビリに破くことなんて容易く出来るはずなのにそれをしない。不可解だ。
「なぁ昭彦。どうしてお前はそうなったっんだ?」
昭彦は……そんなやつではなかった。イジメをするような奴ではない。
「……昔好きだった女の子がいてさ」
だんだんと人通りが少なくなってきて、街灯も同じように減ってくる。暗闇があたりを支配しようとしていた。
「……その好きな子に、仲のいい男友達がいて。俺はそれが羨ましかった」
昭彦は眼鏡を人差し指で押し上げ、続ける。
「だから、俺はその女の子と男友達をお似合い、カップルとかいって冷やかしてた……特に女の子のほうにはちょっかい出してたな」
「……つまらない理由だろ?人ってのはこんなつまらない理由で殺されるんだぜ?」
昭彦は自虐気味に喉を鳴らす。確かにつまらない理由だ。昭彦だけが悪いわけでは無い……が、昭彦が原因なのは確か。
「……お前は、後悔してんのか?」
「…………してないわけないだろ」
はぁ、と彼がため息をついた。
「じゃなんで今、俺をいじめているんだ」
沈黙。答えは返ってこない。
何分たっただろうか。昭彦はその重い口を開く。
「……美しいんだ、どうしようもなく」
「美しい?何がだ」
「……彼女の死体が、まるで童話の中に出てくる眠り姫のようで。……それをもう一度見たかったんだ。あの体験をもう一度してみたかったんだ」
……本当にそうなのか?それをやるなら、もうちょっとやりやすい方法もあったはずだ。
それが行動原理なら、暴力でも振るえばいい。今のやり方で自殺させるなんて、到底無理だ。
「でも……でも分かってるんだ。そんなことしちゃダメだと。分かってはいるんだ」
「……矛盾しているな」
「俺は……多分怖いんだと思う」
何か達観したような目。……彼の目の奥には何が映っているのだろうか。
あのとき死んだ栗木の死体か?それとも矛盾に苦しむ自分の姿か?
分からない。俺には全く、理解ができない。人の気持ちなんて完全に理解しようなんて思うことがまず傲慢だ。
「……いい加減止めにしようぜ。俺も、お前も」
「分かってる……分かってるさ。憎しみはいつか終わらせないといけない……連鎖させたままでは絶対にいけないんだ」
「……だから、もう止めよう。そりゃ多少わだかまりは残るかもしれないけど。それでもこのままよりはマシなはずだろ」
俺は思ったことをそのまま相手にぶつける。俺は……俺は昭彦に対して脅しはしない。
脅しをすれば簡単に物事は終わる。……だけどそれじゃダメだ。春夏のときに気付いておくべきだった。
イジメを止めさせても、また次の標的が生まれてそれが再開したなら意味がない。
死神はきっと、それだと悲しむ。
俺の自己満足でもなんでもいい。ただ、ここで昭彦を説得して。それが俺の人生最後の仕事だ。
「……それでも、それでもっ!」
「お前は!……お前はもう縛られなくていいだろ」
「もう戻れないんだよ!ここまで来たら!」
もう戻れない、だって?……笑わせる。
「そうお前が思いたいだけだろ」
「……楽しんじまってんだよ。お前をイジメることを……最低だろ?」
最低な人間。確かに、昭彦は良いやつではないだろう。
だが……俺はこいつを最低な人間として見ることはできない。……悪い記憶だけではないから。
「覚えてるか?小学校の頃。一度だけ帰り道被ってさ。しかなく一緒に帰ったよな」
「……覚えてねぇよ、そんなもん」
「…………栗木が自殺する前だった。楽しかったよ、お互いバカみたいな会話してたよな」
優しくしたほうは覚えてなくても、優しくされたほうは案外覚えているものだ。
嫌なことばかり、こいつにされてきたわけじゃない。こいつだけにされていたわけじゃない。
だから、俺はこいつを憎まない。
「昭彦、俺は許すよ」
「…………栗木は。許してくれないだろうな」
「許してくれるさ。あいつも、単純だからな」
瞼の奥に焼きついてる景色。そうさ。栗木も、俺も。単純なんだ。死ぬほど。
「断言したか……いやぁ、ハハハ……」
「昭彦、何度も言うけど。お前の責任ない。……俺も恨んでない。誰もお前のことを恨んでない」
ふと空を見ると、月が雲に隠れていた。さっきまで美しい三日月がかかっていたのに。
月光が消える。昭彦の狂気が、同じように消えていく。
「……俺は、俺を許せない」
かすり声。
昭彦はきっと、誰かに自分を陥れて欲しかったんだろう。破滅願望というやつだろうか。
ここであっさり負けを認めたのも、これで納得だ。
「俺は最低なやつなんだ……だから」
「……だから?」
「だから、もう俺を救うようなことを言うのはやめろ」
俺はその言葉を聞いてもう一度考える。
俺は救いたいのか?昭彦を。俺をずっといじめていた昭彦を。……こんな人間を救いたいのか?
違う。救いたいんじゃない。昭彦のことなんて俺はどうでもいいんだ。
ただ栗木が。栗木がそうしたいといっているように思えたから。
ただの自己満足さ。ただの自己満足。
「真面目なやつだよ、お前は」
「ははっ……そっか」
「そうさ。……だから、そんな顔すんな、昭彦」
昭彦は諦めたような顔をして、笑った。もう、ここがどこの道なのか分からない。人通りが多くなってきている気がする。
「春鳥、俺はこれからの人生。何か残せると思うか?」
「……ああ。俺はお前を信じてる」
「…………期待が重いよ」
「明日昼飯奢れよ?」
「はははっ……弱み握られてるし、いいぜ」
お互いこういうバカみたいな話して。これで仲直り。こういうのでいいんだ。
難しいことなんて考えなくていい。結局は気持ちの問題なんだから。
「じゃあな」
「ああ……俺も帰るよ、また明日。昭彦」
「また明日」
あるはずのない未来に希望をはせて。ただ、それでいいじゃないか。
「いつから聞いてたんだ?死神」
「死神じゃないよ。私には栗木っていうちゃんとした名前があるだから」
希望なんていう光に縋るのも、いいじゃないか。それが幻想だとしても。
たわいもない話が、今はただ心地のいい。夢のようで。
夢の終わりなんて想像できなくて。終わりなんてないように感じて。
「……どうして泣いてるの?」
ただ、終わりって事実だけが目の前に来ていて。
「……どうしてだろうな、分からないや」
答えなんて分からない。ただここ数日が充実していた。目的があって生きていられた。昭彦の狂気を消せれた。
ただそれだけが、ただそれだけが俺の残せたことで。
悲しくて。誰かに愛して欲しくて。好きだよって言われたくて。春鳥って呼ばれたくて。
「春鳥、好きだよ」
「ありがとう……ありがとう……本当に」
こんな俺でも、生きてていいよって言われてる気がして。あぁ心地良い。
心地のいい。夢が終わる。
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「……ありがとう、栗木」
白が奔る。一面白のイメージ。
昭彦、栗木、春夏の笑顔が吹き抜ける。
これが走馬灯というやつか。案外、つまらない人生だったな。……最後は、楽しいこと尽くめだったけど。
……つまらないこともなかったか。
目的のある、いい人生だったよ。
誰かに微笑んで貰える人生が、幸せだった。
結局は気持ちの問題だ。でも、それが案外重要だったりする。……幸せだと考えれるならそれが、いい人生だ。
また明日――