「おめでとう!後一人だね!」
学校から出るとどこで見ていたのか死神が凄い勢いで近付いて来た。クラッカーでもあったらすぐ鳴らしそうだ。
なんかあれだな。そう構って欲しい犬だ。子犬みたいな感じするわ。
「……その一人が問題なんだよなぁ」
「……その一人が問題なんだよなぁ」
「えー。なんでさ」
「まだ……あいつとの交渉に使える切り札がないんだ」
昭彦に対する武器は今のところ全くない。
素手で挑めるほどの相手ではないし、戦える技量もない。
「どうするべきなんだ......」
すると、死神がパッと何かをひらめいたように笑顔を見せ、飛び跳ねてこちらを覗きながらしゃべりだした。
「じゃあさ、もう直接あの人のとこに行っちゃえばいいんじゃない?もしかしたら口を滑らせたり……春夏ちゃんみたいにさ!あいつが全部悪いんでしょ?」
全ての元凶と真っ向勝負するなんて到底できっこない、と逃げたかった。
そんなんでジョーカーを掴めるならとっくにやってるさ、と言い返したかった。
そうだ、これはあいつが全部悪いんだ、と思い込みたかった。
自分の人生を狂わせた化け物に会うなんて、想像するだけで吐き気がする。
人間は心が乱れていると、判断力が鈍るらしい。
心の片隅では、もしかすると地獄から解放されるのではという甘い期待があり、
その裏には死と隣り合わせという苦い焦燥感がある。
負の感情は見ないふりをしたい。希望だけを抱えて生きていたい。
しかし、自分にそんな権利はもうないと気づいていた。
どこをとっても、前に進んでいかなければならない。
逃げていては始まらない。
現実と、向き合わなければならない。
「……そうだな。やってみないと分からないしな」
おそらく夜の塾帰りを狙えば二人きりの状況を作れるはずだ。
その前に何を言うか、作戦を立てておこうと思った。
ただ、今は図書室の件もあって休みたかった。
「上手くいくといいんだがな」
死神に別れを告げ、帰路に就いた。
午後8時。人通りが少なくなり、本格的に夜が始まる頃。
駅から数百メートル、この時間帯でも交通量の多い道路に面した公園。
大手の進学塾がある雑居ビルに居座っていた幽霊に聞いてみると、昭彦に似た人が毎晩この通りを歩いていくらしい。
その情報が正しいのであれば、あと10分ほどで奴と出会えることになる。
しばらくすると、自分の学校の制服を着崩した男子生徒が姿を現した。
よく人を待っている時の体感時間は長いというが、案外そうでもなかった。
「やあ昭彦。通塾お疲れさん。」
驚いた表情が、数秒して獲物を見つけた狼のように変わる。
「これはこれは長澤君じゃないか。お前みたいな陰キャがどうしたんだいこんな時間に」
「特に何も、と言いたいところだが、実は君に話があってね」
「あ?んだよ」
「なぜあんたは俺のことをイジメるんだ?」
「……栗木へのイジメを止めなかったからだ」
予想はついていた。ひるまず言葉を続ける。
「あんたら言う通り、俺は大層な悪人なんだろう。なんたって一人の人間を死に追い込んでいるんだからな」
自分で自分のことを卑下するのは辛かったが、相手の出方をうかがうためだ。しょうがない。
自身のプライドをかけた一手だった。あいつはパニックに陥った小鳥をもてあそぶ時の顔をしていた。
こんなのに砕かれてたまるか。
「だけどな、俺はーー」
「んだよごちゃごちゃさっきからよ」
気怠そうにこちらを睨みながら話す姿は、威圧感の塊だった。
「言いたいことがあるならハッキリ言いやがれ。僕はやってない?栗木が死んだのは僕のせいじゃないって?なら俺じゃなくて、クラス全員の前で、教卓で叫んでみたらどうだ?きっとみんなわかってくれるはずさ」
クスクスと笑い声が聞こえたのは幻聴だろう。そうだと信じたい。
「まぁ、そんなことできるはずもないお前の弱気なところが気に食わねぇんだよ。春夏と同じで少しは自分にも原因を探してみろだいたい、お前が『ちょっかいごとき』でひるむくらい弱いからいけないんだ。嫌ならもっと強くなったらどうだ?」
「…………」
あまりの暴論に、かすれ声すらも出る気配がない。
怒りや理不尽さの前に、呆れと絶望感が先に来た。
冷や汗が背中を伝うのがはっきりとわかる。
それでもただ、耳にはっきり残った一言。
(春夏と同じで……だと?)
気になっただけで、詮索する気力はとうに尽き果てていた。
「もう用は済んだか?俺は疲れてるんだ。さっさと帰ってくれ」
これ以上こいつと話していても、勝ち目はないと見た。
今日はこの辺にしておこうと、なんとも安っぽい悪役じみた言葉は胸にしまって、俺は背を向けて歩き出した。
図書室で春夏を脅したことや、いつかの犯人捜しの話題を出そうと思っていた。
もしかすると、相手を揺さぶって変えられることができるかもしれない。
ここまで上手く進めたんだ。今度だって行ける。
今までの主人公気取りの意気は、いとも簡単に崩れた。
現実はそう簡単に上手くいくわけがない。
あの狼には弱みとなるような情報はもちろん、悪びれる姿勢も、申し訳ないと思う感情も、何もかもなかった。
学校から出るとどこで見ていたのか死神が凄い勢いで近付いて来た。クラッカーでもあったらすぐ鳴らしそうだ。
なんかあれだな。そう構って欲しい犬だ。子犬みたいな感じするわ。
「……その一人が問題なんだよなぁ」
「……その一人が問題なんだよなぁ」
「えー。なんでさ」
「まだ……あいつとの交渉に使える切り札がないんだ」
昭彦に対する武器は今のところ全くない。
素手で挑めるほどの相手ではないし、戦える技量もない。
「どうするべきなんだ......」
すると、死神がパッと何かをひらめいたように笑顔を見せ、飛び跳ねてこちらを覗きながらしゃべりだした。
「じゃあさ、もう直接あの人のとこに行っちゃえばいいんじゃない?もしかしたら口を滑らせたり……春夏ちゃんみたいにさ!あいつが全部悪いんでしょ?」
全ての元凶と真っ向勝負するなんて到底できっこない、と逃げたかった。
そんなんでジョーカーを掴めるならとっくにやってるさ、と言い返したかった。
そうだ、これはあいつが全部悪いんだ、と思い込みたかった。
自分の人生を狂わせた化け物に会うなんて、想像するだけで吐き気がする。
人間は心が乱れていると、判断力が鈍るらしい。
心の片隅では、もしかすると地獄から解放されるのではという甘い期待があり、
その裏には死と隣り合わせという苦い焦燥感がある。
負の感情は見ないふりをしたい。希望だけを抱えて生きていたい。
しかし、自分にそんな権利はもうないと気づいていた。
どこをとっても、前に進んでいかなければならない。
逃げていては始まらない。
現実と、向き合わなければならない。
「……そうだな。やってみないと分からないしな」
おそらく夜の塾帰りを狙えば二人きりの状況を作れるはずだ。
その前に何を言うか、作戦を立てておこうと思った。
ただ、今は図書室の件もあって休みたかった。
「上手くいくといいんだがな」
死神に別れを告げ、帰路に就いた。
午後8時。人通りが少なくなり、本格的に夜が始まる頃。
駅から数百メートル、この時間帯でも交通量の多い道路に面した公園。
大手の進学塾がある雑居ビルに居座っていた幽霊に聞いてみると、昭彦に似た人が毎晩この通りを歩いていくらしい。
その情報が正しいのであれば、あと10分ほどで奴と出会えることになる。
しばらくすると、自分の学校の制服を着崩した男子生徒が姿を現した。
よく人を待っている時の体感時間は長いというが、案外そうでもなかった。
「やあ昭彦。通塾お疲れさん。」
驚いた表情が、数秒して獲物を見つけた狼のように変わる。
「これはこれは長澤君じゃないか。お前みたいな陰キャがどうしたんだいこんな時間に」
「特に何も、と言いたいところだが、実は君に話があってね」
「あ?んだよ」
「なぜあんたは俺のことをイジメるんだ?」
「……栗木へのイジメを止めなかったからだ」
予想はついていた。ひるまず言葉を続ける。
「あんたら言う通り、俺は大層な悪人なんだろう。なんたって一人の人間を死に追い込んでいるんだからな」
自分で自分のことを卑下するのは辛かったが、相手の出方をうかがうためだ。しょうがない。
自身のプライドをかけた一手だった。あいつはパニックに陥った小鳥をもてあそぶ時の顔をしていた。
こんなのに砕かれてたまるか。
「だけどな、俺はーー」
「んだよごちゃごちゃさっきからよ」
気怠そうにこちらを睨みながら話す姿は、威圧感の塊だった。
「言いたいことがあるならハッキリ言いやがれ。僕はやってない?栗木が死んだのは僕のせいじゃないって?なら俺じゃなくて、クラス全員の前で、教卓で叫んでみたらどうだ?きっとみんなわかってくれるはずさ」
クスクスと笑い声が聞こえたのは幻聴だろう。そうだと信じたい。
「まぁ、そんなことできるはずもないお前の弱気なところが気に食わねぇんだよ。春夏と同じで少しは自分にも原因を探してみろだいたい、お前が『ちょっかいごとき』でひるむくらい弱いからいけないんだ。嫌ならもっと強くなったらどうだ?」
「…………」
あまりの暴論に、かすれ声すらも出る気配がない。
怒りや理不尽さの前に、呆れと絶望感が先に来た。
冷や汗が背中を伝うのがはっきりとわかる。
それでもただ、耳にはっきり残った一言。
(春夏と同じで……だと?)
気になっただけで、詮索する気力はとうに尽き果てていた。
「もう用は済んだか?俺は疲れてるんだ。さっさと帰ってくれ」
これ以上こいつと話していても、勝ち目はないと見た。
今日はこの辺にしておこうと、なんとも安っぽい悪役じみた言葉は胸にしまって、俺は背を向けて歩き出した。
図書室で春夏を脅したことや、いつかの犯人捜しの話題を出そうと思っていた。
もしかすると、相手を揺さぶって変えられることができるかもしれない。
ここまで上手く進めたんだ。今度だって行ける。
今までの主人公気取りの意気は、いとも簡単に崩れた。
現実はそう簡単に上手くいくわけがない。
あの狼には弱みとなるような情報はもちろん、悪びれる姿勢も、申し訳ないと思う感情も、何もかもなかった。