「うっわ……あんた幽霊が見えるだけじゃなくて声も聞こえんだね」

「……お前と話すのと同じようなもんだ」

そういいながら彼は私のほうを向かず、淡々と空気に話しかけている。正直不気味だ。

「……ねぇ、私暇なんだけど」

5秒、返事を待つ。

「ねぇ」

それでも返事が返ってこないので、また話しかける。

「……うるさいなぁ、なに?」

「ひま」

「そうか、ルービックキューブでもしてろ」

そういって彼は部屋に無造作に置いてあったルービックキューブを投げてくる。しかし私は物に触れない。
なんだ、嫌がらせか?

……昔と変わらないね。そういう意地悪なところ。
春鳥くん。君は私を覚えていてくれてるのかな。忘れてるのかな。死神になってまで会いに来たのに。私のこと忘れちゃってたら……悲しいな。

死神は普通、人に姿を見せないんだよ春鳥くん。情が移っちゃうから。
ねぇ春鳥くん。君が死んだら……私たち、一緒になれるのかな。

きっと君は分かんないって言うんだろうね。君は正直者で裏表がないから。

ねぇ、覚えてる?私がいじめられてた時、一回だけ君は私を助けてくれたよね。その後、君もいじめられてたけど。

好きだよ。春鳥くん。でも悲しいな。春鳥くん。



「……よし!だいたい分かった!」

「おお、ついに!」

ここまで長かった……!幽霊の情報ネットワーク使って情報かき集め、主犯格の特定。動機、弱み。だいたい分かってきた!

「丸一日……話聞いて推理するだけでこんなに疲れるもんなんだな」

「私が肩でも揉めればいいんだけどねー」

ああ本当に……後4日か。タイムリミットまでまだまだ時間はあるな。

「もう朝の5時か……徹夜しちまったな」

「君これから学校だろ?大丈夫なのか?」

「……大丈夫じゃないかも」

集中力が途切れてきてる。……昨日は情報収集で休んじまったけど今日はそうもいかねぇ。

「……とりあえずスマホもってこ」

「え、いいの?だいたいの学校では禁止なイメージだけど……」

「うちの学校も禁止なんだが……撮影のためならじゃーないだろ」

「撮影?」

「くりゃ分かる」

俺はそういいながら部屋を出た。まさか幽霊見えるのがこんなにプラスに働くとは……幽霊凄いな。



埃かぶった本。
長年誰にも読まれないであろうそれを、俺は手に取ってページをめくる。

タイトルは「日本の未来と経済」いかにもといった感じだ。

本が大量にあり誰も寄りつかないこの空間は俺にとって一番都合のいい場所だ。

「……やぁ図書委員」

コツコツと近付く足音が、ドア付近で止まった。……来たな、と。そう思った。

「この気持ち悪いラブレター書いたの、あんただったのね」

彼女の手には俺が今朝彼女の下駄箱に入れておいた偽のラブレターが。内容はもう覚えていない。ろくに頭が回らない中書いたからな。

「気持ち悪いって言うなよ、俺結構頑張って書いたんだぜ~?2分ぐらいでな」

図書委員の春夏 桜(はるなつ さくら)。……クラスの中心人物であり、小学校からの仲だ、ちなみに接点はない。

「それで、なんの用?まさか本当に告白しに来たって訳じゃないでしょうね」

普通、図書館と言えば司書などがおり人目があるが……今、今日だけはそれがいない。

その代わりに図書委員が図書館での貸し出しなどを行うのが通例だ。
彼女が図書委員で、今日がたまたま彼女一人が担当の日だった。これも幽霊からの情報だ。

他のヤツらが来ると厄介なのでラブレターでその可能性を消す。今のところ順調だ。

「単刀直入に言おうか。俺へのイジメをやめろ、ロッカーにゴミを詰めるな汚ぇ」

「……やだね」

よしよし。ここまでは想定通り。……本番はここから。交渉パートだ。

「どうしてもか?」

「なんで私がお前みたいな弱い奴の味方しなきゃいけねぇんだ」

そう言いながら彼女はダルそうな目でこちらを見る。今にも帰りたそうだ。

まぁこれが終わっても帰れるわけではないんだけど。

「……お前、よくコンビニ行ってるよな。南通りのほうの」

一瞬、春夏が固まったように見えた。それを悟られないようにか今度は強い口調でこちらに話かけてくる。

「それがどうした」

俺は開いていた本をパッと勢いよく閉め、彼女を見据える。

一瞬の間。しかし彼女にとっては一時間にも等しい時間だっただろう。

「今日がその日なんだろ?」

「なんのことだ」

「……とぼけんなよ万引き犯」

万引き犯。幽霊が教えてくれた「弱み」の一つだ。交渉材料としては充分過ぎる。

……失うものがある人間は怖くない。失うものがないと錯覚している奴が一番怖いというどこかの誰かがいった言葉を思い出す。

「……証拠はあるの?」

「ある」

「…………見せて」

俺は制服のポケットにつっこんでおいたスマホを手に取り、1枚の画像を見せる。

目の前にいるこの女が、10円のチョコをバックに入れている写真。

……今日、5時から家を出た理由がこれだ。早朝からスリル目的で万引きとは、なんだか人生無駄にしてるなと思わざるをえない。

万が一バレたときも怒られる程度で済むように低額の物を盗んでるのも中々。

「……いいか?これがバラされたくなかったら俺に二度と関わるな」

俺は少し強めの口調で彼女を脅す。

ここで一番不味いのは相手に開き直られることだ。そうするとこっちにもう彼女を追い詰めるカードはない。

選択の余地を与えつつ、失うものを自認させる。これが俺にできる最適解。

「……分かった、でも一つ質問いいかな」

質問、なんだ一体。

「いいよ」

「……なんでこれ私に見せたの?」

数秒、その言葉の真意が分からなくて立ち尽くしてしまう。

「どうやって知ったのかは分からないけど、この画像をそのまま先生とかに送れば私は多分停学とかになってあんたのイジメには関われなかった」

「別に……」

「なんの理由もなしに動くタイプじゃないだろあんたは。なんでここで私にバラして携帯を壊されるリスクをとるんだ」

「寿命が短くて、お前が停学になるまでなんて待てないからだ」……なんて言えない。

俺は数秒押し黙り、言い訳を考える。彼女は結構頭がいいんだなと思った。

きっと万引きとか、俺へのイジメとかも親からのプレッシャーとかが要因になってるのかなと考えると……なんか憎めないな。

そういう子を……俺は一人知っている。

「……嫌だからだよ」

「は?」

「お前がどうなろうとしったこっちゃないけど、嫌なんだ。イジメの連鎖ってやつが起こるのが」

……半分嘘で、半分本当だ。
小学、中学の9年間に渡って続いてたイジメ。自殺した奴だっていたけど、それでもイジメは終わらなかった。

なぜかって?イジメをして自殺者がでた、そうなってくると次に起こるのは責任のなすりつけあい。……そこでも結局は弱者が負ける。

「止めなかったあいつが悪い」なんてゴミみたいな理由で俺へのイジメは始まった。実際にやってたのはあいつらなのに。

悪いのはあいつらなのに。

「…………過去にイジメしてた奴がよく言うな」

それだけ言うと彼女は図書館の受付に行き、座った。

イジメの理由なんて適当なことが多い。嘘だって混ざるし、話がどんどん大きくなる。

「…………俺じゃねぇよ」

俺は短く、吐き捨てるようにそういった。……返事なんて返ってこないのに。