「どうしてあんなことになってるの?」

家に帰り、自分の部屋で聞いた死神の第一声がそれだった。
「なぜ?」なんて俺にもよく分からないよ。いっつも考えて、答えが未だに出てないんだから。

「うーん……実は俺もよく分かってないんだよね。マジで」

「よく分かっていのにこの現状受け入れてんの?」

その言葉には、若干の怒気が含まれていた。何を怒っているのか俺には検討もつかないが。

「まぁ……そうだけど」

「……なんというか君、自分のことに対して妙に他人事だよね」

「ま、知らんけど多分あいつらにもあいつらなりの理由があって俺のこと虐めんだ」

そうだ。あいつらにもあいつらなりの正義がある。だからまぁ……多分俺がなんかしたんだろ、多分。

「だから許すの?」

そうだ。だから許す。

「まぁな」

「……それ逃げてるだけじゃないの?」

逃げてる。一体何から逃げてると言うのか。……分からない。本当に分からない。

逃げられるものなら逃げたいさ。逃げたくて逃げたくて。でも逃げられないから今こうなってるんじゃないか。

「……そうかもな。でも――」

「虐められた原因、本当は分かってるんじゃないの?」

「分かんないよ」

「じゃあなんで甘んじて受け入れてるの?親とかに相談したほうがいいんじゃないの?」

ごもっともだ。確かにそうしたほうがいいのかもしれない。

「そりゃ……そうだろうけど」

「じゃあ何を迷ってるの?言えばいいじゃん。それで大人に丸投げして……それでいいんじゃないの?」

「……それだと親に迷惑がかかるよ」

「かけとけよ!」

急に死神の声が大きくなる。部屋全体に緊張が広がる。……人が、怒るときの雰囲気。よく知っている。

よく知っていて、もう慣れていた。親に怒られた、先生に怒られた。そんなの慣れっこだ。

「かけとけよそんなもん!何!?君は一人で全部背負って悲劇のヒーローにでもなったつもり?」

ズキリと、胸の辺りに痛みが奔る。慣れていたはずなのに。どうしてこんなにも苦しいのだろうか。

「やめろ」

「まだ子供なんだよ!?子供!親に迷惑なんてかけて当たり前!」

弱音を言える相手なんかいないんだ。迷惑なんてかけられないんだ。……やめてくれ。

「妙に大人っぽくふるまってんじゃねぇよ!」

「死神!!」

とっさに叫んでしまっていた。……胸の奥で妙な罪悪感が広がる。
何をやっているんだろうか俺は。

「……ごめん」

何を思ったか死神が俺の方に謝ってくる。余計なことをしてごめん……という意味なのだろうか。

分からない。……俺は昔から分からないことばかりだった。

「……なぁ、死神って元人間とかなの?」

どっさに浮かんだ疑問が、それだった。死神は、一瞬驚いたような顔をして。「分かっちゃったか」とでも言うようにふふっと微笑んだ。

「うん、そうだよ。前世の記憶もちゃーんとある」

「……その前世で死神も虐められてたのか」

これに関してはただの勘だ。ただ、俺の勘はよく当たる。

「…………うん。それで限界になって自殺しちゃって」

――俺は、何も言えなかった。

「君には、そうなって欲しくないからさ」

気にかけてくれているのは分かる。人の好意に甘えたい気持ちも、なくはない。
……ただ、他人に頼ることが。頼って裏切られるのが嫌だから。

「ずいぶん、俺は気に入られてるんだな」

俺は話をそらす。

「うん。気に入ってる」

「ハハハ……そうか」

彼女の気に入ってるは、多分。

「……ただ自分と君を重ねてるだけだとしても、私は君を気に入ってる」

自己投影でしかない。……彼女は、俺を救いたいんじゃない。過去の自分を救いたいんだ。

もし、俺が救われたなら彼女も救われるのだろうか。

「……ふふっ」

「な、なにがおかしいの?」

それはきっと、誰にも分からないだろう。人の気持ちなんて俺には分からない。

……1週間という時間は何もしないには長すぎるが、何かするには短すぎる。
ただ……俺を救うには。彼女が救われるには充分過ぎ時間なのではないかなって思う。

彼女が俺を気に入ってるように、俺も彼女を気に入ってる。……好きだ。だから、まぁ。

「決めた……いじめやめさせるわ」

「……え?」

「原因は分かんないけど……」

「いや分かんないのにどうやって止めさせんのよ」

「ふっふっふ……俺の力をなめてもらっちゃ困るな」

そういいながら俺は不敵に微笑んだ。