「アイちゃんの彼女さんも、おはよう」
梁井先輩以上に何にもわかっていないみなみ先輩は、わたしにまで無邪気に愛想よく手を振ってくる。
みなみ先輩の栗色のロングヘアがふわりと揺れる。無言で会釈を返したわたしが、同じような栗色に染めた髪を長く伸ばしていることに、みなみ先輩は気付いてくれているだろうか。
にこにこ笑うみなみ先輩の隣で、昌也先輩がパチパチと目を瞬く。ついでに彼にも会釈をしていたら、「南、行こ」と梁井先輩に手首を引っ張られた。
素肌に触れる、温度の低い指先にドキリとする。
梁井先輩と付き合い始めてから、わたしたちはまだ一度もまともに手を繋ぎ合ったことがないし、恋人らしい触れ合いもしていない。
わたしからむやみに梁井先輩に触れることはないし、彼のほうもきっと、わたしに触れたいなんて思っていないだろう。一ヶ月前に告白を受け入れてくれた梁井先輩は、ほんとうはわたしなんかに興味も関心もないのだ。
だけど唯一、みなみ先輩の前でだけ、梁井先輩は見せつけるようにわたしの手首に触れる。
みなみ先輩に対してわたしが《彼女》だと思わせておくためのポーズにすぎないのだろうけれど。その瞬間だけは梁井先輩の本物の彼女になれたような気がして、ほんの少し体温が上がる。潰れそうなくらいに、胸が高鳴る。ずっと今が続けばいいと思う。
だけど……。思うようにはいかないのが現実だ。