「さあ、見てないから」
ぼそっと答えて歩を速めると、みなみが「はあ?」と叫んで、追いかけてくる。
「見てないってどういうこと?」
「河川敷に向かって歩いてる途中で別れた。ていうか、フラれた?」
花火を見るために河川敷に向かう途中。突然、ガードレールの上に立って「サヨナラしましょう」と告げてきた、昨日まで彼女だった女の子のことを思い出す。
少しでいいから振り向いて欲しかったと訴えてきたくせに、おれにフラれたぐらいでは死なないと言う彼女は、最後に何かが吹っ切れたような顔で笑っていた。
「何それ。南さん、浴衣着てきてたじゃん。絶対花火大会楽しみにしてたはずなのに、そんな子に行く途中でフラれるって……。アイちゃん、何かよっぽどひどいことしたんでしょ」
「ひどいこと……?」
「ほら、そういうとこだよ。アイちゃん、ぼーっとしてて気が利かないから。南さん、可愛い子だったのにもったいない」
幼なじみがフラれたというのに、みなみは一方的におれの非ばかりを責めてくる。
彼女だった後輩の名字は南といった。「南」としか呼んだことないから、下の名前がなんだったかあやふやだけど。ヤ行で始まる、ちょっと呼びにくい名前だった気がする。みなみの言う「ひどい」ってこういうとこか。
たしかに、ひどいかもしれない。仮にもあの子はおれのことを好きだと思ってくれてたんだから。
だけどみなみが言うように、別れて勿体無いとはあまり思わない。一ヶ月も付き合ったのに、南の顔の印象は薄い。
可愛いかった、のかな……? どうなんだろう。告白されたときは、もっと違う雰囲気だったような気がするのに最近のあの子は髪型もメイクも全部みなみに似てた。
でも、おれに別れを告げるとき、あの子は言っていた。
もう、みなみになるのはやめるって。