きっと、梁井先輩はわかってない。わたしが梁井先輩の気持ちに気付いていたことも、必死でみなみ先輩の真似事をしていたことも。わたしが、今どんな気持ちでここに立っているのかも。

「だから、サヨナラしましょう」

そう言って口角をあげたとき、車道を小型のトラックが高速で走り抜けていって。その風圧に煽られたわたしの体が、ガードレールの上でぐらりと揺れた。

「南……?」

目を見開いた梁井先輩が、咄嗟にわたしの手首をつかむ。こんなときなのに、素肌に触れた梁井先輩の指先の温度にドキッとした。もう全部、終わりにするって決めたのに。

梁井先輩に腕を引かれて、ガードレールから歩道側に倒れるように落ちる。

「きゃっ!」と周囲から悲鳴のような声が聞こえて、わたしの身体は正面から梁井先輩に抱き止められた。

甘いムードも何もない。梁井先輩の腕に初めて包まれたのが救護目的というのもなんだか虚しいけど。胸に頭をぐっと押し付けるように引き寄せられて、ドキドキした。

「何やってんの。危ないんだけど。サヨナラしましょうってなんだよ。車道に落ちて死ぬ気?」

梁井先輩の声は少し震えていて。彼の左胸は、驚くほどの速さでドクドクと脈打っていた。

わたしの行動に焦っただけだと思うけど、最後に心配してもらえたことは嬉しい。梁井先輩のほうから、抱きしめてくれたことも……。たとえ、そこに特別な気持ちがなくても。

数秒だけ幸せを噛み締めてから、名残惜しくなる前に梁井先輩の胸をそっと押し返す。