「主会場のほうは人が多いけど、反対岸は比較的空いてるからいいよね。屋台はないけど、手売りでピザとか飲み物とか売りにきてくれるし。花火メインなら、こっち側で見るのが絶対おすすめ」
「そう、ですね……」
笑顔で続けるみなみ先輩の話には、そっくりそのまま聞き覚えがあって。わたしのテンションが最底辺まで下がる。
花火大会に行く約束をしたとき、主会場より反対岸のほうが空いていると教えてくれたのは梁井先輩だ。その話を聞いたとき、珍しくわたしとのデートに乗り気になってくれているのかと思って嬉しかったけど、そうじゃなかった。
反対岸で花火を見るのがおすすめだと知っていたのは、みなみ先輩で。梁井先輩は、みなみ先輩から聞いた情報をただわたしに横流しにしてきただけだったんだ……。
巾着の紐を持つ左手を強く握り締めて、うつむく。
きっと今のわたしは、梁井先輩にもみなみ先輩にも見せられないくらい嫉妬で歪んだひどい顔をしてるだろう。
心を落ち着かせるために鼻で浅く呼吸を繰り返していると、ピリリッとみなみ先輩のスマホが鳴った。
「あ、昌也もう着いたんだ。ごめん、あたし行くね。アイちゃんたちも花火楽しんで」
スマホを素早くタップしてラインを返すと、みなみ先輩が下駄を鳴らして慌ただしく去って行く。強張ったままの顔を上げると、紫色のリボン型の作り帯を揺らす、みなみ先輩の後ろ姿が見えた。
梁井先輩は、出会ってからまだ一度もわたしを見てくれない。目の前のわたしではなく、遠ざかっていくみなみ先輩の後ろ姿をぼんやりと見送っている。憂いを帯びた、切なげな眼差しで。
梁井先輩が視界に留めておきたいのは、水色の浴衣を着たみなみ先輩。わたしと見る花火なんて、きっとどうでもいいんだろう。
最低だ。最低すぎて、吐き出すため息すら息苦しい。