「こんにちは、南さん。浴衣、可愛いー」
ほとんど話したこともないのに、みなみ先輩が親しげに声をかけてくる。
わたしの浴衣が可愛いなんて、お世辞か本音かわからないことを言うみなみ先輩を前に、ヒクリと右目の周りの筋肉が痙攣した。みなみ先輩に褒めてもらったって、少しも嬉しくない。せっかくの浴衣も、みなみ先輩の前では色褪せて、その価値を失う。
みなみ先輩の浴衣姿を見たあとでわたし浴衣なんか見たって、梁井先輩の心はときめかないだろうから。
「みなみ先輩も一緒だったんですね……」
声を強張らせるわたしに、みなみ先輩がにこにこ笑いかけてくる。
「うん、そう。家出たところでアイちゃんに会ったから、ここまで一緒に来ちゃった」
「家出たところ……?」
「うん、あたしとアイちゃん、同じマンションの同じフロアなの」
「そう、なんですね……」
「アイちゃんと南さんも、この駅で待ち合わせなんて偶然だよね。あたしはここからちょっと行ったところにあるコンビニ前で彼氏と待ち合わせなんだ」
「そうですか……」
笑顔で話すみなみ先輩を前に、わたしのテンションが徐々に下がっていく。
家を出たときに会ったってことは、梁井先輩はここに来るまでずっと浴衣のみなみ先輩と一緒だったんだ……。きっと、楽しかったんだろうな。
チラッと視線を向けると、案の定、梁井先輩はみなみの横顔をじっと見ている。その眼差しに、わたしの胸中で嫉妬の炎が渦巻いた。
仮にも彼女であるわたしを前にして、他の女の子の浴衣姿に堂々と見惚れるなんて。梁井先輩はひどい。それに、彼氏とのデートの前に他の男の子に浴衣姿見せちゃうみなみ先輩だって無神経過ぎる。