「何も。夏休み、楽しみだなーって」
顔を上げると同時にパッと明るく笑って見せると、梁井先輩が無言でわたしを見つめてから、わずかに首を横に傾けた。
「あー、うん。そうだな」
曖昧に頷く梁井先輩の声は、わたしと過ごす夏休みに少しも興味なさそうだし、若干面倒臭そうだ。
「夏休みの行き先の候補、わたしがいくつか考えといていいですか?」
「いいよ、どこでも」
「よかった。楽しみにしてますね」
鈍感なフリをして笑うと、梁井先輩が、ふっと息を漏らしてわたしに背を向けた。
梁井先輩は自分からデートに誘ってくることはないけれど、わたしが誘えばどこでも付き合ってくれる。わたしとデートしててもちっとも楽しそうじゃないけど、「みなみ」という記号を呼べば、胸に燻るみなみ先輩への気持ちが紛れるのかもしれない。
だとしたら、梁井先輩ひどい。
それを知ったわたしがどんな気持ちになるか、少しくらいは想像しなかったのかな。それとも梁井先輩は、本物の「みなみ」以外はどうだっていいのかな。
前を歩く梁井先輩の艶やかな黒髪が揺れるのを、切ない気持ちでじっと見つめる。
梁井先輩が好きだ。陰のある雰囲気の綺麗な顔も。やる気なく喋っているようにしか聞こえない話し方も。いつも遠くばかり見ている黒の瞳も。体温の低い長い指も。わたしを拒絶するみたいな背中も。短めな襟足も。
わたしに見えてる梁井先輩が、全部好き。
だけど、梁井先輩はそうじゃない。
できることならわたしは、あなたが好きな彼女になりたい。