壊れた世界で君を愛する

瞬と付き合って1年が経とうとしていた。その日は、朝から雨が降っていた。それも相まってか、瞬と喧嘩をした。いや、私が一方的に不満をぶつけただけだ。
 
 瞬はここ最近、私に対して冷たかった。避けられているような感じもした。よく女の子といる姿も目にする。
 嫌なところばかりが見えるようになってしまった。私のことなんかどうでもよくなったのかな。私には瞬しかいないのに……
 
 そんな不安から、言ってしまったのかもしれない。
 「最近、瞬は私に冷たい……他の女の子がいいならそう言ってよ。」

 今思い出しても面倒な女だなと思う。でも瞬はこんな面倒な彼女にも優しかった。だから喧嘩にもならなかった、よく出来た彼氏だった。
 
 「不安にさせるようなことしてごめん。でも、俺にとってずっと茜が1番だよ。」
 
 その夜、瞬が電話をくれた。
 
 外は雨、おまけに夜で道が暗い。会うことなど到底できないと分かってはいたけれどどうしても会いたくなってしまった。
 
 「瞬が本当に私のこと好きなら今すぐ会いに来てよ。」
 
つい言ってしまった。もし過去を変える術があるとするならば、ここで瞬を呼びはしなかったと思う。しかし、あの頃の私は何も知らなかった、この幸せは当たり前ではないということを。
 
 「分かった。会いに行くよ。」
 
瞬が来てくれるというので私は大人しく待つことにした。しかし、待つこと30分。
 
 瞬の家から私の家までは15分とかからないのに、30分経っても来ないのはおかしい。何かあったのかと心配になって家の外に出てみる。
 
 辺りに赤色のライトが点滅しているのが見えた。通学路沿いにある公園で家から数メートルもないところだ。嫌な予感がして、傘もささずに公園まで走った。勘違いならそれに越したことはない。
公園に着いた。人だかりを抜けると公園の花壇に乗り上げた車と大きな血溜まりが見えた。
 「あの、すいません。何かあったのですか?」
 
 恐る恐る、野次馬の1人に尋ねた。
 「あぁ、男の子が車に轢かれたんだよ。ちょうど君と同じくらいの子だったな。何だってこんな日に出歩いてたんだか。」
 
 救急車の後部座席に乗せられていく人を見て、背筋が凍るのを感じた。息の仕方が分からなくなる。視界がボヤけて、意識が遠のくのが分かる。
 
 イヤだイヤだイヤだ、いかないで。ひとりにしないで。
 目が覚めた時、私のいる世界に瞬はいなかった。
 
 この日、私は瞬の後を追うことを誓った……。

 瞬のいない世界に私の幸せなんてない。
あれから1年、毎日瞬の後を追うことだけを考えた。
 それなのに、何故か毎回失敗に終わる。
 始めは首を吊ろうとしたが、紐が切れた。紐は新品だったのに。
 
 次に刃物で手首を切ろうとしたけど、刃物が見当たらなかった。お風呂場のカミソリも台所の包丁もハサミさえ見当たらなかった。
 
 3度目の正直に期待して、服毒しようとしたこともあった。何故か薬の中身が空だった。
 
 その後も色々と試してはみたけれど全て失敗に終わった。
 
 全て偶然?それとも、瞬が来るなって言っているの? 私は瞬の元に逝きたいよ……。
 
 「おはよう、茜チャン。もうすっかり夕方だよ。」
  静かな教室に夕日が差し込む中、シオンの声で起こされた。
 目覚めは最悪だがよく眠れた。夢を見た。とても幸せな夢だった気がする。
 
 「いくらなんでも寝すぎだよ」
シオンが呆れた様子で言ってくる。
 しかし、登校してから今ままでというのは寝すぎだとは思う。前は不眠症だったのに、シオンが来てからというもの眠くて仕方がない。
 
 「シオン、あんた私に何かした?」
 ふと気になって聞いてみた。 
 私の上を浮遊していたシオンの動きが止まった。
 「何もしていないよ?ただ、死神が見えるのはあまり良いことではないから病院に行った方がいいよ。」
 
 不眠ならまだしも、よく眠れているというのに死神が見えるから行くなんてそれこそ、精神病院送りだ。
 そう思って、病院に行くのは止めた。
 行くべきだったのに、行かなかった
次の日いつもより早く起きることができた。ぐっすり眠れたからだろうか。今日は瞬に逢いに行く日だ。この日は何があっても最優先で瞬のところに行くことにしている。
 
 瞬がいるのは霊園の一角。私はお花とお線香、水の入った桶を持って丘を登った。今日は晴れているから見晴らしがとても良い。
 
 お墓を綺麗にして、お花を入れ替える。その後はお線香をあげて、これまであったことを一通り瞬に話す。ここまでが瞬の命日に私のやること。
 毎年、この日は私に譲ってもらってる。瞬の家族も命日には来たいはずだと思う。
 
 「あまり自分を責めないで。あなたのこと、瞬に聞かせてあげてね。それとね、茜ちゃんが良ければだけどお願いがあるの。」
 
 瞬のお母様はそう言って私に毎年、瞬の命日にお墓参りすることを許してくれた。
 私も瞬のところに行けるのは嬉しい。
 
 「人間って分かんないなー。なんで死人のためにこんな事してるのか、理解に苦しむよ。」
 
 縁起悪い……。死者を弔う場所に死神って。
 
 「僕、魂の入っていないものに興味無いなー」
 こんなこと言ってるけれど、無視することにする。
 「ねえ、ここって誰のお墓?」
 無視したいのに続けて話しかけてくる。
 
 「私の彼氏。事故で……いや、私が殺したんだ。」
 ハッキリとそう口にするのは始めてだった。罪悪感が重くのしかかる。
 
 「えー茜が直接手にかけたの?そんなこと出来るようには思えないけどなー。」
 
 横が五月蝿い。私だって瞬には死んで欲しくなかった。でも私が殺したようなもんだ。私が瞬に会いたいって言わなければ……
 
 「人を殺したなんて簡単に言うんじゃないよ。」
 
 シオンが静かに怒った。これまで怒ったことなさそうなシオンが。怒鳴ったとかそんなレベルじゃない、冷めたような、感情のない口調で。私の中の何かが切れたような音がした。
 
 「アンタに何が分かるって言うの!瞬のことも、あの日のことも知らないくせに!」
 一息でまくし立てたせいで呼吸が荒くなる。
 感情が高ぶって涙が出てくる。
 
 「知ってるよ。あの日、あの子の魂を回収したの僕だもん。」
 
 いつも通りの口調に戻ったシオンは衝撃的なことをさらっと告げた。
 
 墓石に立てた花が風に揺られ、静かな空気が流れた。
 
 「え……それって……アンタが、瞬を殺したってこと?」
 恐る恐る息継ぎをしながら訊ねた。
 
 「いや、死んだ後、身体から出た魂を回収したから殺したのは僕じゃないよ。」
 シオンは笑うことなく静かに答え、さらに続けた。
 
 「あの子が最期に言ったこと教えてあげようか。」
 
 瞬が思っていたこと、最期に出てくるのは私への恨み言かもしれない。それでも、私は聞かなくてはいけないと思った。大好きな彼の最期の言葉だから。
 
 「茜ともっと生きたかったって。それから、忘れないで欲しい。でも幸せに生きてって。」
 そう言って、死神に私の事を任せたらしい。
 今までの自殺が全て失敗に終わっていたのは死神の仕業らしい。
瞬は、私が自分を責めて自殺しようとするところまでお見通しらしい。それから私は瞬が亡くなって、初めて泣いた。溜まっていたものを押し流すように涙は溢れ続けた。
 
 「瞬のいない世界でどうやって幸せに生きたらいいのよ……」
  涙ながらに呟くと隣にいたシオンには聞こえたらしい。
 
 「幸せなんて他人に縋っちゃダメだ。自分の幸せは自分で見つけなきゃ。」
 
 瞬の墓石にある花を愛おしそうに見つめながら言った。シオンがこんなこと言うなんて意外。
 そう思って、とりあえず涙を拭った。
 気がつくと空は暗くなり星が出ていた。空はこんなにも綺麗だったんだ…
 
翌朝、目が覚めるとシオンの姿はなかった。
 死神なんて見えないに越したことはないが、何だか少し寂しい気もした。そんな気持ちとは裏腹に空は清々しいほどに快晴だった。
 
 「眠そうだね。おはよう茜。」
 
 欠伸をしていると耳に心地よいほどの低音が横切る。
 
 「シオン!もう会えないと思ってた。」
 
 また会いたい。その意味合いを持つこの言葉はシオンの顔を紅潮させた。

 「顔が赤いけど熱でもあるの?死神でも風邪ひくの?」

  普段雪のように白いシオンの肌が赤くなったのを見て、茜は風邪と捉えたらしかった。
 あの日から茜は人が変わったように明るくなった。
 恋人の死を受け入れ、前に進む事に決めたのだ。
 
 幸せって何処にあるんだろう……退屈な授業を頬杖付きながら考えた。……
最近、すごく眠い。前より眠る時間が長くなっているように思う。
 寝ても寝ても眠い……
 「最近、眠そうだね茜チャン。」
 耳に入ってくる心地いい低音ボイス……シオンだ。
応えたいのだけれど、声にならない唸りとなって喉からでた。
 
 朝食……もう昼時だが、何か食べようと思い階下へと向かった。眠気で階段を下るのも危ないくらい。
 「ちゃんと目を開けないと危ないよ。」
 シオンからの声が聞こえてくるが適当に返事をした。罰が当たったのかもしれない。茜は次の段へと足を掛けようとした瞬間、急に視界が歪んだのを感じた。勿論、片足は地に着かずそのまま落ちる予定だった。
 「あ、ありがとう。」
 「危ないよって僕言ったよね。」
 シオンがすんでのところで受け止めたので幸い落ちることはなかった。
 「よっ。どこいくの。キッチン?」
 「1人で歩けるよ。降ろして。」
シオンの顔が近くなり茜は顔が熱くなるのが分かった。
 「ダメ。また倒れたり転んだりしたら危ないから。」
 そう言って、シオンは茜を抱き上げたままキッチンへと向かった。
 
 「なんでそんなにじっと見るの?食べにくいよ。」
 
 母親が作っておいてくれたであろう朝食を、食べていると向かいに座るシオンがじっと見てくることに気がついた。
 「このまま寝ないか監視してる。さすがに寝すぎだと思うんだよね。一度病院に行こう。」
 
 たしかに最近、寝すぎていると思う。学校は必ず遅刻するし、起きたら昼なんてことも良くある。シオンの監視も笑えない、なんせ食べながら寝ることも稀ではないからだ。茜はシオンの言う通り病院に行くべきか考えた。
 
 茜はこの日、学校を休んで病院に行くことにした。

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