あと500回シャッターを切ったら

「意味深わかんねぇ....本当なのかよ?」

「僕も信じられないよ。
だって凄く元気で、食欲もあるし運動も出来る。どこも痛くないんだよ?
それなのに助かる見込みが無いって言われるんだ。こんな病気聞いたことないよね。

病気のことはさっぱりわかんないけれど、唯一ハッキリしてることはさ、僕は黒木君の写真が好きでたまらないってことだ。

一目惚れって言ったら信じてくれる?
あんなに衝撃を受けたのは初めてだったんだよ」


「誉めすぎじゃない? なんかすげぇ恥ずかしいんだけど」

確かに賞は貰ったけれど、俺の写真なんてまだまだで、碓井さんには荒削りだって言われてるくらいで。


「同じ景色を見ても、同じ様に見えていないんだよね。
黒木君には、写真に収めた一瞬のように映る瞬間があるんだなぁって思うと、同じ人間の目とは思えないくらい感心しちゃうよ」

「やめろってば。なんかケツが痒いんだけど」


誉められ慣れていない俺は、なんだか身体がムズムズして、脚を擦り合わせた。

白井はそれを見て噴き出した。


「きっと僕ほどのファンはいないよ」

笑い続ける白井を睨んで、恥ずかしさを誤魔化した。





それから偉琉(タケル)と俺は、一番の親友と言えるほど一緒にいるようになる。

とても気があった。
性格は正反対なのに、何故か偉琉の隣は居心地が良い。
二人でカメラを構えるのが楽しくて、ほぼ毎日、日課のように一緒に写真を撮った。

学校のある日は、学校帰りに近所で日常を撮り、休日は二人で様々な場所へ遠出をした。

偉琉は沢山写真を撮って、その中から気に入った一枚を選ぶとプリントをしその裏に数字を書いていた。

その数字は毎日減っていく。

死へのカウントダウンだと思うと、なんとも言えない気持ちになるし、なんて声をかけたらよいのかわからない。


俺は黙ってその数字が減っていくのを見ていた。


偉琉が撮影に夢中になってる隙に、俺は偉琉を撮ることにした。

あいつが存在したという証を残すため、と言うと死ぬのを受け入れているように聞こえるかもしれないが、

今生きている偉琉を、目に焼き付けておきたい気持ちがあった。


偉琉がいなくなる前日も、俺達は普通に遊んで普通に別れた。 二人共、病気の話なんかしなかったし、特別な事は一切無かった。
偉琉も普通だったから、俺もいつも通りを装っていた。

まだ、偉琉の死に対して半信半疑だった。
実感がわかない。
信じたくないって言うのが、一番しっくりくるかもしれない。


「明日さ……」

「ああ、明日はどこ行こうか?総一郎は行きたい場所ある?」

「明日はいつもの埠頭にしよう。……誕生日なら、なんか奢ってやるよ」

探るように誕生日の話をしても、偉琉はなんの反応もしなかった。


「本当? 嬉しいなぁ」

「旨いハンバーガーを食べよう」

「いつもと一緒じゃん」


偉琉はずっと笑顔だった。

俺は引き攣って、上手く笑えなかった気がする。
本当に死んでしまうのかと、その夜は不安で眠れなかった。



しかし次の日、18歳になった偉琉は約束の時間にちゃんと来て、元気に写真を撮って、昼には行きつけのファーストフード店でハンバーガーとポテトのセットを完食して元気だった。


なんだ。大丈夫じゃないか。
安心して深く息を吐き出した。

ずっと不安で堪らなかった心が、ようやく落ち着いた気がした。

そうだ。偉琉はずっと元気だった。

だから誤診かもしれないし、例え本当に病気だとしても偉琉は助かる前例を作ったんだ。



根拠もなく、偉琉だけは大丈夫なのだと思った。



「なぁ、午後はまた船に乗ろう! あ、出港時間もうすぐじゃねぇ?」

俺は気が抜けて、馬鹿みたいにはしゃいだ。


「あ、まってよ」

俺が先に立ち上がると、偉琉は慌てて残っていたコーラを飲み干した。


店の外に出ると俺は駆け足になった。

「急ぐぞ!」

取り越し苦労だったと笑いが汲み上げる。寝不足もあってハイテンションだった。


「待ってってば」

「乗り場まで競争して、負けた方が明日の昼飯奢ることにしようぜ!」

「総一郎ずるくない?! 先に走り出したじゃん」

「早くしろよー」


偉琉も笑っていた。

「そういちろ……ーー」

一瞬前まで。


言葉が途切れた偉琉を振り返ると、体が揺らいだ瞬間だった。

手から離れたカメラが先に落ちて、欠けたレンズが飛び散る。



ーーーー偉琉は、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。




『約束だよ』

写真の裏に書かれた文字に涙を落とした。


「下手くそ……」

マジックで、"0"と大きく書かれた500枚目の写真は、日付が変わってすぐに撮ったのか、自室から眺める夜空だった。
焦っていたのかもしれない。上手く撮れていなくてぶれていた。


貰って欲しいと渡された500枚目の写真は、それ以来ずっと引き出しの中で眠ったままだ。


『僕が死んだら、続きの番号から写真を撮ってほしいな』

『続きって0からマイナスしていくってこと?』

『総一郎は未来を紡ぐんだから、増えていったらどうかな』


そう言った偉琉に、俺は「別にいいけど」と軽く返事をした。写真を撮る仕事に就きたかったし、言われなくても毎日撮るつもりだったから。

それに、そんな話をしたときは偉琉が居なくなるって実感がなかったから。


しかし0から数字は一つも増えていない。
偉琉に見せれるような景色は、何一つ撮れていなかった。

あんなにも誉めてくれたあいつに、心がないと評価された写真を見せたらがっかりさせてしまう。そんな写真に番号はふれなかった。


死というものを理解出来ていなかった。
こんなにも虚無でやりきれなくて、寂しいものだと知らなかったんだ。

泣いても泣いてもこの気持ちをぶつける先がなくて、溺れるようにもがいていた。


俺はまだ、偉琉が居ないっていう現実を受け入れることが出来ていない。




「三年後に連絡してほしいって頼まれてたの」

やっと足を運ぶことが出来た偉琉《タケル》の実家で、母親からレンズが割れたままのカメラとUSBを渡された。


「カメラ、形見なんじゃ...」

「いいのよ。総一郎君に憧れて買ったものなんだから、あなたに使って貰った方が偉琉も喜ぶと思うの。それにね、必ず渡してくれってしつこかったんだから」

母親はその時の事を思い出しているのか、懐かしそうに目を細めた。


***

カメラは久しぶりに持ったにも関わらずしっくりと手に馴染んだ。懐かしい重さだ。
動作確認をすると破損はしているものの、レンズ交換さえすればまた使えそうだ。


家に帰るとすぐにデータを確認した。
パソコンで確かめるとフォルダが沢山でてきて、必ず順番に見るようにと注意書があった。



『これを最初に見ること!』と名前をつけられたフォルダを開いて、中身のデータをクリックする。


『あー、あー。聞こえる? ちゃんと録れてるのかな』


それは音声データだった。
ガサゴソと雑音が入る。

久しぶりに聞いた偉琉の声に、俺はフリーズした。映像は無いのに、偉琉がそこにいるかのように俺はパソコンを凝視した。


『けっこう照れるな、ん"ん"』

偉琉はえへんと咳払いをして、喉を整えてから話し出した。



『総一郎がこれを聞いているときは、僕はもうこの世にもういないって事だよね……。

ーーーなんて、ドラマみたいな語りだしをしてみたけれど、実際そうだよね。
これは"僕が死んでから三年後に渡して"ってお願いしてあったんだけど、母さんは守ってくれたかな? 今ってちゃんと三年後?

実は総一郎とはさっき別れたばかりなんだ。最近どう? って聞くのもなんか変な感じがするけど……どう? 元気だった?

今は3月31日だよ。
明日の事を考えると、凄くドキドキして凄く怖い。

誕生日は自分の思う通りに過ごしていいって言われてたから、僕はいつも通り総一郎と写真を撮らせて貰うことにしたよ。

それが一番楽しくて、生きてるって感じがするし、総一郎といるほうが何だか落ち着くからさ。

えーと、これを聞いてる総一郎は、21歳で合ってる?

なんで三年後にしたかは実は適当なんだけど、総一郎は写真の専門学校に行くって言ってただろ?
二年勉強して、その後、プロとして活躍してるの総一郎って、どんなかなってずっと考えてたからさ。有名な写真家になって世界中を飛び回っているのかな。
写真だけに留まらないで、映画監督とかしてたら格好いいなぁ』


好き勝手話す偉琉に「さすがにそれは無理だろ」と苦笑した。

『一時期僕達、河原の石ばかり撮っていた時期があったね。どれだけ神々しく撮れるかだなんて競争して遊んだの覚えてる?
あれ、くだらなかったけれど凄く楽しかったね。

あ、あとさ、通学路にある駄菓子屋! そこのおばあちゃんが飼ってるマルチーズさ、この間、散歩している風景を撮影させてもらっただろ。

僕また撮りたくてお願いしに行ったら、ふわふわの毛がバリカンで刈られてたんだ! 切りすぎてハゲみたいになってる部分もあって、酷い状態なんだよ。あれじゃあ暫くモデルにはなれないなぁ。

全身が散切り頭っていうの?バッサバサになっちゃってたもん。総一郎も見てみてよ凄い笑っちゃうからさ』


無邪気な偉琉に嗚咽がもれる。


「ーーーーバカじゃん。それは三年前に言ってくれないともう見れないだろ」


延々と思い出を語る偉琉を恨めしく思った。
なんでこんなに元気なんだ。
なんで今更、俺にこんなの残したんだよ。




偉琉は一息つくと、少しだけトーンを下げて優しい声になった。

『……ねぇ、総一郎。僕のお願いを負担に感じていなかったかな。

続きを紡いでほしいだなんて我が儘を言ったけれど、ただ単にこれからも総一郎らしい写真を撮って欲しいなっていう、僕の希望なだけなんだ』


「ーーーーごめんな」


撮れないんだよ。全然楽しくないんだ。あの日から俺は、カメラを構えるのが辛い。


最後の日は後悔だらけだった。
もっと旨いもの食べて、最高の景色見せてやって、偉琉が眠りにつく瞬間には隣に居てやりたかった。

もっと出来ることがあったんじゃないか。

なんで俺はあの時、偉琉を置いて走って行ってしまったんだって、ずっと後悔してた。


「ごめん偉琉……」


『総一郎に会うまでの僕はさ、なんで自分ばっかりって運命を呪って、平気な振りをしていただけだったんだ。

本当は怖くて悲しくて、自暴自棄になってた。

でも最後の一年とちょっと、一緒に過ごすことが出来て、綺麗な世界を見せて貰って凄く充実してた。

普段の何気ない日常でさえもこんなにも輝いていたんだなって、毎日がとても尊いものに感じられるようになったんだ。

それはやっぱり、総一郎のおかげだよ。

それだけ総一郎の写真は、周りに影響を与えられるって事なんだ』

ちゃんとわかってる?と問いかけられ俺は唇を噛んだ。


『......今日の総一郎は元気がなかったね』

俺は涙でグシャグシャになった顔を上げた

『どうせ僕の事気にしてたんでしょう。態度に出過ぎだよ。話しかけても上の空で全然笑わないし』

そうだったかもしれない。
たしかに偉琉の事が気になって落ち着かなかった。


『あのさぁ。……もし、もしもだよ。写真で行き詰まる事があったらさ、次のフォルダを開いてみて』

データを確かめると次のフォルダには【君が彩る世界。君色に染まる世界】いうタイトルがついていた。
どういう意味だろう。


『自分を変えられるのって自分だけだと思うけど、でも僕は総一郎に助けられたから。助けてもらって変われたから。
だから僕も、総一郎の役に立てたら嬉しい』



フォルダを開くと大量の写真データが出てきた。

「こんなに……一人でも撮ってたんだ」

懐かしい景色が大量に出てきた。

校舎、部活の風景、落書きした黒板、買い食いしたアイス、通学路の猫。二人で出掛けた美術館、神社、花園に雪山。


そして、


「……俺」

俺の写真だ。

それが一番枚数が多かった。
撮影スポットを探しているところ。カメラを構えている後ろ姿、三脚を立てたり部品の整備をしたり。


「いつの間に」

俺はまた泣けてきた。
どの写真の自分もとても良い顔をしていたから。ファインダーを覗く自分の目は、最高に生き生きとしていた。


鼻を啜りながらスクロールしていくと、毛がボッサボサのマルチーズと、ピースをしている駄菓子屋のおばあちゃんの写真がでてきて、俺はぶはっと吹き出した。


「これかよ……!」

どうやら一枚だけ撮っていたらしい。「こりゃ本当に酷い……」久しぶりにお腹が痛くなるほど笑った。

ひとしきり笑い終わると、気持ちがスッキリしていた。
怖いものなんか何もなくて、未来だけを見据えていた当時の自分を眺める。

偉琉に背中を押された気がした。
あいつは俺が足踏みしてしまうことをわかっていたのだろうか。
涙を袖で拭うと、ベッドの下の段ボールからガラクタと一緒に放り込んであった、お揃いのカメラを取り出した。
ふーっと息を吹き掛けると埃が舞う。
顔を顰めて、それを手で振り払った。

二つのカメラを並べて置くと、偉琉が近くにいるような気がした。

偉琉は過去の俺を見せる事で、俺の背中を押してくれたのだと思った。

辛い辛いと思っていた記憶は楽しかった思い出に塗り代わり、走馬灯のように流れてゆく。

次々と現れる記憶の偉琉はすべて笑顔だった。

そう言えばあいつは強い奴だった。
泣き言を言わず前向きで、いつも俺を励ましてくれていた。

つられておれも笑顔になる。
俺の隣でいつも笑ってくれていた偉琉は、シャッターとシンクロして光る閃光電球のようだ。



偉琉のカメラを手にする。
あいつを抱き締めるように大事に持ち上げた。データを確認すると、撮影したものがまだ残っていた。


偉琉が撮影した最後の一枚。
それは俺が、あの時走り出した後ろ姿だった。

自分が被写体なのに何故か感動した。躍動感が伝わる。希望に満ちて未来へと駆けて行く様子が納められていた。


「すげぇ」

思わず声が漏れる。格好良いと思った。最高の一枚だった。


『写真の中が生きていたよ』

初めて出会った時を思い出す。

無性に撮りたくなった。
全身がうずうずとする。
上手いとか下手とかじゃなくて、その瞬間を切り取って、偉琉に届けたいって思った。

泣きすぎて腫れた目では、ファインダーはうまくのぞけないかもしれない。

それでも、どうしても今撮りたかった。
我武者羅に。

カメラを掴むと外へ飛び出した。
初めて会った時の、重なったシャッター音が聞こえた気がした。







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