仏間に、祖母が鎮座している。
 そんな祖母と向き合うように正座をして、祖母と私は静かな時間が流れる中、暫く見つめ合っていた。
 にこやかな笑みを浮かべる祖母は、ラベンダー色と言った方がしっくりくるような紫色の着物と、クリーム色の背景、ベージュ色の額縁で飾られていた。
 今どきの遺影は、こんなに華やかになるものなのだなあ。実際に仏間に飾られている先祖の遺影は額縁も写真も白黒で、よくて写真がカラーだというのに。着物を選んだのも、額縁も背景も選んだのは私なのに、どこか他人事のように思えて、祖母の写真を眺める。着物、紫も似合うけれど、青色でも似合っていたかもしれない。
 そんな遺影の後ろに、彼女は鎮座している。元々私よりうんと小柄で細身だったのに、こんなに小さくなっちゃって。
 今、家には誰も居なかった。
 祖母の死亡手続き。それらを行うために、世帯主である祖父を連れて、両親が共に出て行った。私はお留守番兼客人対応だ。
 だが、残された時間と、誰も居ないこの時間を、私は無駄にしたくなかった。
 私は昨晩、速達で届く通販サイトで、あるものを手に入れた。
 手を合わせてから、祖母に謝罪を述べる。
 ごめんなさい。弱虫な孫でごめんなさい。
 そんな謝罪を述べてから立ち上がり、私のエゴの為にそれを実行しようと、手は骨壺の方へのびていった。スルスルとまるで滑るようにして結び目が解かれた白い布は、とても肌触りが良かった。二回の玉結びを解けば、別方向の二回目の二つの玉結びが現れる。四角い風呂敷の四隅を向き合う同士で結んでいるのだから、当然だ。
 計四回の結びを解けば、蓋が見えた。蓋が外れないようにと、縛られている。
 これも解くのか、結び目や結び方を覚えておかなくては、と思えばマジックテープで止められていた。見掛け倒しであった。バリバリ、と剥がす音が、やけに部屋に大きく響いた気がした。
 隠され、封じられていた蓋を取れば、白くて、粉々で、けれどまだ拳くらいの大きさの塊も入っていた。私達が入れた、祖母の骨だ。
 スプーンで掬うなんて、罰が当たるかな。まあ、相手は祖母だし大丈夫でしょ。なんて、祖母に謝りながらも、スプーンの先に少しだけ骨を掬った。
 祖母の遺骨を掬いとるのは、何だか盗みを働いているようで、心臓が騒がしかった。
 脳裏に浮かぶのは、幼い頃に観た映画のワンシーン。若いカップルが、墓石から遺骨を盗み出すシーン。それと同じことをしてしまっているんじゃないだろうか、と心臓が暴れる。
 一つまみの遺骨を、スーパーのチラシの上に落とす。パラパラ、と雨がトタン板に降り注ぐような、軽い音がした。
 私がポケットから取り出したのは、銀色のネックレス。第二関節分の大きさの直方体は、ネックレスのワンポイントとしては大きく見えた。普段使いするには少しダサく見えた。デザインの選択を誤ったかもしれない。けれど、想像していたものよりはうんと小さかった。想像では、もう一回り大きかったが、確かにこれ以上大きかったら普段使いは難しそうだ。
 メモリアルペンダント、と言うらしい。
 実は、遺骨の安置場所は選べるらしい。お墓に入れるも良いし、自宅で保管していても良い。ただ、勝手に埋めるのだけは、放棄とされて捕まってしまうらしいので、加減が難しいところである。
 そしてこのメモリアルペンダント。これは、遺灰や遺骨を湿気や汚れから守りつつ、身につけることを可能にしてくれる品物だ。
 こうしたものが合法で認められているのなら、買うのも有りだろう。そういう安易な考えで手に入れた。
 祖母の誕生石であるガーネットをイメージした赤いラインストーンが散りばめられている。改めて言うが、普段身に着けるのには勇気のいるデザインだった。本音を言えば、ダサい。
 ネックレスの蓋を外せば、小さくて細いくぼみ。この中が空洞となっていて、思い出を入れられるわけだ。
 だが、祖母を掬ったものは、どう考えてもこの穴には入らない。
「……砕くかあ」
 小さく呟いてから、私は無言で、紙の上で白を押しつぶす。
 確か、散骨の場合は二ミリ以下の粉末でないといけない、と聞いたことがある。それなら、その二ミリ以下を目指した方が良さそうだ。
 パキパキ。乾いて軽い音がした。学生時代にチョークを押しつぶしていた時の感覚が、一番近かったと思う。
 こんなに脆い物なのか。更に力を込めて。パキ、パキ、パキ。こんなに粉々になるのだ。人間とは。人間は脆い、という言葉を至る所で見るけれど、これは確かに、と実感してしまった気分がする。
 過去、京都へ旅行した際に、寺の人のジョークで、偉人の骨だよってそれを渡されかけたことがある。まあ、結論で言うと、本物じゃなくて、その人が昨日食べたチキンの骨だった、というオチだが。
 私は押しつぶす親指の力を強めた。
 あの時に見た骨の方が、ずっと頑丈そうに見えた。
 親指と人差し指をこすり合わせて、手に着いた骨は二ミリ以下の白い粉と粒になった。
「これで入るかな」
 小さな三角ロートで、ゆっくりと丁寧に入れてみれば、大して詰まりもせずに入っていく。
 そんなに大きくなかった欠片を選んだつもりなのに、すぐに中身はいっぱいになった。
 ねじのように蓋を回しながら、キツく、取れない様に外れない様に蓋をして、チェーンをして、完成。
 この中に、祖母の骨が入っている。
 ぎゅう、とネックレスを握りしめた。私の体温で少しだけ温まったそれは、最後の祖母の体温とどこか似ているような気がした。
 残った骨を元の骨箱に戻さないといけない。
 砕き損ねた、小さな小さな、真珠の骨。それを一つ、手に取った。