―――結局ね、私はお母さんを完全に切り捨てられないのよ。
「うん」
―――そうでなければ、お金が入った封筒なんか最初から持ってこない。
「そうだね」

 私はそっと家を出た。古い型式のシリンダー錠を差し込む。カチャリ。冷たい金属音が、母との永遠の別れを告げる。外に出ると雨が降ってきた。三月も中旬に入り、日中は暖かったが、雨が降り出した途端、周囲の温度が急激に下がった。傘を持っていなかったので、濡れたまま駅まで歩くことになった。頬を冷たい雨が伝う。雨が強くなってきた。頬を次々と流れる雨。ちょうどいい。雨が降っている間は思い切り泣こう。私は最後にもう一度だけ、安普請のアパートを振り返る。母のいる部屋を見つめた。
「お母さん……」母からの返事はもちろんない。私は前を向いて歩き出した。