私が二十七歳。紗穂が十八歳の時。私はいよいよ結婚して家を出た。二十六歳になって初めて彼氏ができて、その人と一生添い遂げると決めたのだ。母の意思ではない。私の意思で初めてそう決めた。
やがて、自分が結婚や出産を経験することで、私は母の異常さに気付く。母親であれば子の面倒は責任をもって自分で見る。子には好きなことをさせたい。その為に進路を強いることなどしない。生活が厳しいからと消費者金融に出向かせることだって。

「これしてくれる?」「あれやっといてくれる?」「夕香はお姉ちゃんだから」「紗穂もその方が喜ぶから」私は母の呪いにかけられていた。大人になって外に出ることで呪いは解けた。私は今は自由の身だ。

 妹の紗穂は私と同じ公立の商業高校に進学して就職した。紗穂も私と同じようなことを母に言われたらしい。紗穂はむしろ勉強が嫌いな性格だったので、それを喜んで受け入れていた。そして、大手電子部品を扱うメーカーの商社に就職。私はちょうど出産を控えていたので、これから母はどうやって紗穂を操っていくのだろうと思ったが、紗穂はあっさりと母の呪いから二年で解放された。
 職場の先輩と授かり婚を遂げ、その先輩の転勤に伴い、大阪へと新居を構えたのだ。いよいよ、母は取り残されることとなった。父はいるが、無名のフリーの写真家だから、正直言って頼りにはできない。この頃には、私は既に母と音信不通となっていた。最初の内は紗穂から実家の状況を聞いていたが、息子が大きくなるにつれて、自分から実家の話を聞くのは止めた。息子の耳に入れたくなかったからだ。安穏とした生活を守りたかった。