『お姉ちゃん、久しぶり。あのね、時間があんまりないから用件だけ伝えるね』
 
 私、藤代夕香(ふじしろゆうか)は、九歳年下の妹の紗穂(さほ)からの電話に嫌な予感を抱いた。私は結婚して藤代姓になって十六年。子供は二人。どちらも育ち盛りでやんちゃ盛りの男の子だ。長男の涼太は中学三年生、先日、無事に第一志望の私立高校に合格したばかりである。次男の啓太は小学五年生。最近、サッカーに目覚めたらしく、毎日泥だらけになって帰ってくる。夫の隆行は全国的にも有名な食材宅配会社のエリア長を勤めている。家族四人で暮らしていく分には不自由なく、長男を私立高校に通わせるのも、経済的にそこまで苦ではない。埼玉県とのほぼ県境に位置するが、住まいは都内の分譲マンション。長男が生まれてすぐに購入したものだ。全国的に不景気だと言われている中で、勝ち組の部類に入るかもしれない。
 世間的には順風満帆な生活を送ってきたと見えるだろう。しかし、私は過去にコンプレックスを抱いている。いや、過去というより、自分が生まれた「実家」とした方がいいかもしれない。

 私の実家は埼玉県の県庁所在地の近くにある。安普請のアパートで幼少期から大人までの年数を過ごした。今年で築四十年は経ったかもしれない。結婚して実家を出てから一度も帰っていない。
 なぜなら、私と母は絶縁状態にあるからだ。長男が生まれた当初、母はよく様子を見に来てくれた。しかし、とにかく古い価値観を押し付ける人だった。「ミルクより母乳」「三歳までは母親が傍にいないといけない」「抱っこ癖が付かないように」など、事あるごとに私の育児を否定した。
 幼少期から母の意見に反発しなかった私だったが、自分の子供を守りたい気持ちが強まり、母に正面から反発した。
「今の時代には今の時代のやり方があるんだから、口出ししないで。これ以上口出しするなら手伝いに来なくていいから」と。
「分かったわよ。あんたの為を思って言ってるのに。そんなこと言うならもう来ないわよ」母はそう反論した。正に売り言葉に買い言葉だった。
 そこから母とは音信不通になった。たったそれだけのことで。お互い引っ込みが付かなくなり、そうこうしている内に、次男の啓太を腹に宿した。私は四年ぶりに母に電話をした。妊娠の報告をする為に。